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短文感想『町の踊り場』

2018-12-31 16:59:05 | 日常
『町の踊り場』は徳田秋声の作品だ。私小説のような印象を与えるかもしれないが、実際はかなり技巧の凝ったものだ。むしろ、この技巧の用い方こそが私小説と呼ばれる一群の特徴と言えるかもしれない。ただ、露悪系はエンタメの印章があるので、そうでないものに限定されるかもしれない。

  和洋どちらでもない日本の現状が描かれている。洋式化にも違和感があり、和式化する(封建時代を連想するために、あるいは手間がかかるために)気もない。本作の歴史的背景としては、「“ハイカラであつた、姉の夫の時々の印象をも聯想してゐた。"」や、「“巴黎院といふ、一頃通りで非常に盛つた理髪店のマダムの面影が、何うやら漸とのことで思ひ出せた。”」という一文から見て、洋式化を好意的に受け入れていた、かつ、経済的に豊かな時代があり、それが終焉して不況な時代となっていることが察せられる。それは私や客に「憂鬱」「陰鬱」という言葉で示されている。特に次の箇所は、この時代を説明していると言えよう。
“私が驚いたことは、自動車の一隊が火葬場の入口へ入つたとき、何か得体の知れない音楽が、遽かに起つたことであつた。雅楽にしては陽気で、洋楽にしては怠屈なやうなものであつた。兎に角笙、篥の音であることは確かであつた。私はその音楽の来る方へ行つてみた。それは柩車のなかでかけられた宮内省のサインのあるレコオドであつた。”
  和洋どちらでもなく、いずれにしろ中途半端なものと受け止められるだろうが、これが「宮内省」という国の機関に公認されたものと記されることで、よりこの時代の流れを象徴させている。このハイカラ時代の終焉が、「私達四人」の死へと関連づけられている。また、初出昭和八年は小林多喜二が死亡した年でもあり、これによってプロレタリアートも収束していくことから、世間は保守的な流れに向いている可能性が高かったと思われる。
  憂鬱な現代とハイカラな過去、という構図で捉えると、鮎が提供されないのもまた一つの象徴的表現と捉えられる。生きた鮎(ハイカラ)がないために提供できず、代わりの品を提供されるというのは、華やかな過去の名残に固執している(プライド、あるいは栄光)と捉えられる。これは「ソシアル・ダンス」の床が板でないことや、テープやシェードの装飾がないものの正しい踊りを教えようと考えるマスターと全く同じ構図となっている。
  私は「腥いもの」を食べたり、「信心気の深い人達の集つてゐる、線香くさい家を飛び出した」りする辺りから、信仰心の薄い人物である。踊りをした後「“筋肉運動が、憂欝な私の頭脳を爽かにした。”」と締めくくるので、厭世家(あるいは、社会に背を向けているために)ゆえに爽やかにさせる要因が、社会の変化ではなく、肉体の感覚に委ねられているのだと思われる。

※追記
「戦争はありますか。」
私はきいて見た。
「ありませんとも。」彼は寧ろ私の問ひを訝るやうに答ヘた。”
 &nbs保守的な世界となっているとすれば、この箇所にも一つの皮肉がありそうだ。周囲ではすでに戦争の可能性が知れ渡っていたり、そのような流れが強まっていた可能性がある。
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