思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

文学的?

2018-12-11 12:24:33 | 日常
ある一定のバンドには「文学的」という表現が用いられる。どうもそれが好意的な解釈で捉えられているようだが、どうやらこの「文学」とは抽象的な要素をそう呼んでいるらしく、もっと言えば、身近なものを使った表現らしい。「まいど安全な君の家の前で俺は裂け目の中さ」みたいな歌詞はあまり日常的ではないが、「良くなりそうな昨日を期待するたびに、何度も今日を鏡台の裏に隠した」なんてのは文学的らしい。
  お前にとっての文学とはなんぞやという話なのだが、一般的に言われている「文学とは何か」を考えるには、この辺りから触れてみるのが良いのかもわからない。しかし、思えばBUMP OF CHICKENなんかは文学的ではないのか?  彼らほど物語のような歌詞もないと思うのだがそうでもないのか?(一周回ってそれ小説かなんかにした方がいいんじゃねえの?って気持ちにすらなる)  いや、それなら物語的というのだろうか。
  単語で考えてみよう。「上品なクソ」と出てくるようなものは文学的でないとすれば、「畦道」「風」「映し鏡」「蜃気楼」「月」「世界」「水辺」とかどうだろう。なんかそれっぽくなるか?  ああ、つまりこれは、日常的に使わない言葉を用いることが文学的と呼ぶのだろうか?  「上品なクソ」だって余程使わないはずだ。それ以外となると、何となくおしゃれな感じを演出する表現なのだろうか?  この若干のおしゃれ感に、抽象的な表現混ぜれば文学的になるのか?  どれ、試しに書いてみよう。
  畦道の先の蜃気楼、映し鏡の月の世界、鏡台の裏を駆ける風、上品なクソを宝船で丁寧に描く、焼酎片手に睾丸掴む、彼女の目ん玉ぐーるぐる、潮騒に忘れた落としもの、島人自慢の島らっきょう、風を持った女の子、多分風邪をひいただけ。
  実に文学的ではないか?
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