思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

神格化

2018-08-28 19:09:54 | 文章
今は何とかストレイドックスや何とかアルケミストは果たして残っているのだろうか。キャラクター商法が長期のコンテンツとなり得るのか果たして疑問なのだが、意外と若い人はこのキャラクターに入れ込めるものらしい。
  好きなキャラクターはいないのか?  と問われると、果たしてどうなのだろうか。例えば、ルパンが好みだとしても、別にどのルパン作品を見ているわけでもない。この作品は好みだが、この作品は何とも思わない、ということが往々にしてあるものだろうが、キャラクター好きはそうでもないらしい。
  どうもこの流れはバンド好きというやつに近いものがある。バンド好きはその音楽以上に演奏者を好む傾向があるのか、どのような音楽であっても「新曲」ならば覚えなければならないもののような印象がある。八百万の神々とはよく言ったものだが、まさにキャラクターを神格化しているような盲目さを感じる。
  なぜ人は神を作ったのだろうか?  恐らく立場で異なるだろうが、例えば、統治する側から見れば、国民の意思を統一することが目的となるだろう。なら国民にとっては何が利点となるのだろうか。
  「かみなり」という言葉があるが、これは「神鳴り」とも書くそうだ。恐らく、説明のつかない現象に「神」という言葉を当てていたのだろうし、説明のつかないことを理解しようとするきっかけを考えると、恐怖が中心にあるように思う。いわゆる水神様というのも、災害が起こらないために(干ばつ・洪水)貢物をする。貢物は災害への恐怖心を和らげるためにするものなのだろう、とすれば、現代の盲目なファンというのも、それに近い状態で好んでいるのかもしれない。
  現代は自然現象も解明されているので(されているのか?  といって、神の仕業ではないという感覚は浸透しているだろう?)恐怖心の内訳が超常現象ではないことは確かだろう。僕が思うにこの内訳には「孤独」が含まれている。
  神格化されたキャラクター(これはアニメ・漫画だけでなく、アーティスト・アイドル、あらゆるものが対象となる)に集まる人々は、そのキャラクターの発言が正しいものと思い込めるものらしい。ツイッターでファンが他者を攻撃するといった類だ。また、不思議なのは、かといってファン同士が仲良いのではなく、グッズの所有数や憶えているエピソード数などで、どれだけそのキャラクターが好みなのかを設定していることだ。彼らはあくまでも敵同士らしい。
  となると、彼らもまた孤独には違いないのだが、彼らの気にする最も大事なところは何に所属するかにあるらしい。集団そのものに価値を定めている。どこにも所属しないというのは、漠然と孤立したような感覚なのかもしれない。また、結果的にこの所属先の価値が云々というのは、学歴コンプレックスと似ているように思う。どうにしろ、相手と自分の上下を見定める、見栄の要素の一つでしかないのかもしれない。
  ということは、キャラクターの神格化は、集団への帰属意識が根底にはあるのかもしれない。そうしないといけない、という漠然とした不安がこの社会にはあるのかもしれない。いわゆる敷かれたレールの上を走ること、もしくは、虚構作品などで伝えられてきた(思えば、テレビも虚構でしかない。そもそも、ほとんどのものが虚構だ。例えば、日記を書いている時間と、それを経験した時間とでは、沸き起こる感情が全く同じとは言い切れない。その意識の差は記憶を曖昧にさせるだろう。この曖昧がまた、虚構と呼ばずに何と言おうか)儒教的な要素が根付いているのかもしれない。
  こうした意識の強い方は、あまり創造行為に向いているとは思えない。この時代の流れは、文学でいうところ、江戸後期や明治初期に近いのかもしれない。明治初期は戯作文学が批判され、その大御所が儒教を広めるために書くと宣言することとなった。戯作は今のライトノベルに当たるだろうし、それがどう変化していくのかは分からないが、役割としては道徳を教えるものが増えていきそうな気もする。そういう流れがあれば、再び文学の楽しめる時代が訪れるかもしれない。
  梶井は自分の作品を資本主義の先端リヤリスティックシンボリズム、と書いていた。この理由はよく分からないし、資本主義というのも、当時は左の小説以外をブルジョワと呼ばれていたらしいので深い意味もないかもしれない。しかし、改めて思うのだが、こうした神格化とその裏にある自己の弱さ、また、それに疑問を抱けない自己愛の強さ、これらを描くことが、資本主義を題材にした作品と言えるのかもしれない。売れるためだとはいえ、青臭いのは、青臭くないと書けないぞ。投げやりの自分語りが増えていくとすれば、あるいは、解決しないで自己肯定に走るだけの作品が増えていくとすれば、文学なんて一度滅んじまった方がいい。
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