思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

ある作家

2018-07-24 11:48:54 | 文章
大学の売店で中村なんとかの文章をちらっと見る。確かにこの文章なら影響を受けた先を想像するのは容易いが(この中村という方は「老人は何々して言う」という書き方をされる)、どうもこの「言う」の使い方には何らかの法則性があるように思う。僕は基本的にこの「言う」と言う表現について否定的だが、何らかの法則に従って用いているとすれば肯定できると思っている。
  しかし、教授方に聞いてもこの現在形の使い方には首をひねるばかりで、いまいちその効果を理解し難いところがある。小説というのは元来過去のものでしかない為に(全ての創造物がそうだと言える)、基本的には過去形の形で整える方が読みやすく感じられる。習慣的な行動や、説明文、あるいは昔から変わらないものなどを描写する時は「彼は今日も傘を差す」などのように、現在形にしても違和感がない。また、盛り上げようとする場面では意図的に現在形を多用する場合もあるだろう。
  しかし、この中村氏を現在の作家の代表として捉えるのはまず間違いだと思われる。現在でも上記のような法則に徹底されている方は多いだろう。恐らく中村氏の書き方は、少し気をてらった、あるいは翻訳か何かの影響が強い。少し読みづらさを感じたのも、その辺りかも分からない。
  この読みづらさから文章が下手だと断じるのはいけないと思うので、改めて買った上で読んでいけば、この書き方も理解できるのかもしれない。いや、買わないけども。
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