最近は、ようやく修士論文を書き始めた。
1万語から1万2千語という字数制限なのだが、
先週とりあえず2千5百語くらい書いてみた。
だいぶ調べは進んでいるものの、
ちゃんと結論まで持っていけるか、まだ微妙だ。
提出まであと5週間弱しかないからちょっと不安。。
そんなこんなで、土曜も勉強しようと思って図書館に行ったのだが、
今の時期、土曜は僕の大学の図書館はやっていないので、
となりのSOASという大学の図書館に行ってみた。
SOASというのは、詳しい正式名称は忘れたが、
アジアとアフリカの地域研究をやっている専門の大学である。
ロンドン大学に属していて、こっちでは結構名前の知られている大学だ。
一方で僕の通っている学部は、旧ソ連圏と東欧の地域研究なので、
他人に自己紹介するときはよく、SOASのロシア版みたいな学部です、
と言ったりもする。
で、そのSOASの図書館。
今回久しぶりに入ったのだが、ここは実にいろんな言語の本が置いてある。
もちろん日本語の本もたくさんある。
僕は、旧ソ連圏のマイナー言語の本もあるのかちょっと興味があったので、
ちょっと物色してみると、あることあること笑。
まずカフカス系諸言語の場所に行くと、
グルジア語だけで、本棚3つ。
そして隣にアルメニア語の棚が1つ。
ここの大学の研究者でこういうのが読める人が結構いるのだろうか。
字もキリル文字などとはまったく違い、
僕には何についての本かもわからないけれど。。
他にも、聞いたこともないカフカス系言語とロシア語の辞典を
たくさん見つけた。
うーん、さすがSOAS。。
で、こんな本が読めたらいいなあと思うものの、
当然読めるはずもないので、次に移動。
隣はトルコ系諸言語の棚だ。
ウズベク語、トルクメン語、ウイグル語、カラカルパック語まである。。
そしてその中でもちょっと気になったのが、チャガタイ語の棚。
チャガタイ語というのは中央アジアで中世に使われていた文語で、
アラビア文字を使ったトルコ系の言葉なのだが、今は死語だ。
昔の文献があるのかな、と思い見てみると、
3段くらいあるチャガタイ語関連の本のうち半分くらいが、
「バーブル・ナーマ」という本に関するものであることに気づいた。
ナーマはペルシャ語系の言葉で本という意味だが、
バーブルってのはどっかで聞いたことあるなあ、と思い辞書を引くと、
インドのムガール帝国の創始者、とある。
むかし世界史でやった!とかなり懐かしくなり記憶を辿ると、
バーブルはたしか、ティムールの子孫だったはず。
ティムール朝は、15世紀あたりに中央アジアにあった帝国だ。
あー、だからチャガタイ語かあ、と勝手に納得したが、
ムガール帝国を作った人がトルコ系の言葉をしゃべっていたというのは
あらためて考えると結構意外だ。
で、本棚にその「バーブル・ナーマ」の英語訳の本が置いてあったので、
まずその解説から何となく読み始めたのだが、これが結構面白い(笑)
この本は、バーブルがムガール帝国を作った後に、
それまでの人生を回顧して書いたもので、
10代でフェルガナ地方の領主になってからのできごとや、
当時のこの地方の暮らしぶりが、かなりいきいきと綴られているようだ。
この本は実は、チャガタイ語文献の中では最も有名なものの一つで、
ヨーロッパでは、19世紀から解読が進んでいたらしく、
様々な写本資料を使ってそれまで行われてきた研究の経緯なども、
その本ではかなり詳しく解説されていた。
また本棚には「バーブル・ナーマ」の写本のコピーを綴じた本もあったが、
それを見ていると、こういうのを読んで歴史を紐解いていく歴史学者は、
本当にすごいなあと思う。
まあ世界史の教科書とかで見る、昔誰がどこで何した、とかいうデータも、
もとはと言えば、こういう資料から判っていくことなのだろうから。
ちなみにこの本は、日本でも間野英二さんという中央アジア史の先生が
訳されているようである。
結局この日は、図書館の閉館時間が来て途中までしか読めなかったので、
またそのうち余裕があったら読みに来たいと思う。
で、土曜はそんなわけで、修論は全然はかどらず、
今日日曜は、友達とグリニッジ天文台へ行ってきた。
イギリスは全然観光してなかったので、
まあ少しくらい見ておくか、という感じだったが、
天文台の周りの公園もすごくきれいで、
かなりいいところだった。
ロンドンから電車で15分くらいのところだし、
もしイギリスを旅行する機会があれば、結構オススメです。
結局夕方までダラダラいて、ロンドンに戻ってからしばらく飲んでいたので、
家に戻ってきたのは0時すぎだった。
そんなわけで、明日からまた気を取り直して、図書館で修論のつづき。
頑張って少しでもいい物を仕上げたい。
そして、9月4日(火)の朝に帰国します。
1万語から1万2千語という字数制限なのだが、
先週とりあえず2千5百語くらい書いてみた。
だいぶ調べは進んでいるものの、
ちゃんと結論まで持っていけるか、まだ微妙だ。
提出まであと5週間弱しかないからちょっと不安。。
そんなこんなで、土曜も勉強しようと思って図書館に行ったのだが、
今の時期、土曜は僕の大学の図書館はやっていないので、
となりのSOASという大学の図書館に行ってみた。
SOASというのは、詳しい正式名称は忘れたが、
アジアとアフリカの地域研究をやっている専門の大学である。
ロンドン大学に属していて、こっちでは結構名前の知られている大学だ。
一方で僕の通っている学部は、旧ソ連圏と東欧の地域研究なので、
他人に自己紹介するときはよく、SOASのロシア版みたいな学部です、
と言ったりもする。
で、そのSOASの図書館。
今回久しぶりに入ったのだが、ここは実にいろんな言語の本が置いてある。
もちろん日本語の本もたくさんある。
僕は、旧ソ連圏のマイナー言語の本もあるのかちょっと興味があったので、
ちょっと物色してみると、あることあること笑。
まずカフカス系諸言語の場所に行くと、
グルジア語だけで、本棚3つ。
そして隣にアルメニア語の棚が1つ。
ここの大学の研究者でこういうのが読める人が結構いるのだろうか。
字もキリル文字などとはまったく違い、
僕には何についての本かもわからないけれど。。
他にも、聞いたこともないカフカス系言語とロシア語の辞典を
たくさん見つけた。
うーん、さすがSOAS。。
で、こんな本が読めたらいいなあと思うものの、
当然読めるはずもないので、次に移動。
隣はトルコ系諸言語の棚だ。
ウズベク語、トルクメン語、ウイグル語、カラカルパック語まである。。
そしてその中でもちょっと気になったのが、チャガタイ語の棚。
チャガタイ語というのは中央アジアで中世に使われていた文語で、
アラビア文字を使ったトルコ系の言葉なのだが、今は死語だ。
昔の文献があるのかな、と思い見てみると、
3段くらいあるチャガタイ語関連の本のうち半分くらいが、
「バーブル・ナーマ」という本に関するものであることに気づいた。
ナーマはペルシャ語系の言葉で本という意味だが、
バーブルってのはどっかで聞いたことあるなあ、と思い辞書を引くと、
インドのムガール帝国の創始者、とある。
むかし世界史でやった!とかなり懐かしくなり記憶を辿ると、
バーブルはたしか、ティムールの子孫だったはず。
ティムール朝は、15世紀あたりに中央アジアにあった帝国だ。
あー、だからチャガタイ語かあ、と勝手に納得したが、
ムガール帝国を作った人がトルコ系の言葉をしゃべっていたというのは
あらためて考えると結構意外だ。
で、本棚にその「バーブル・ナーマ」の英語訳の本が置いてあったので、
まずその解説から何となく読み始めたのだが、これが結構面白い(笑)
この本は、バーブルがムガール帝国を作った後に、
それまでの人生を回顧して書いたもので、
10代でフェルガナ地方の領主になってからのできごとや、
当時のこの地方の暮らしぶりが、かなりいきいきと綴られているようだ。
この本は実は、チャガタイ語文献の中では最も有名なものの一つで、
ヨーロッパでは、19世紀から解読が進んでいたらしく、
様々な写本資料を使ってそれまで行われてきた研究の経緯なども、
その本ではかなり詳しく解説されていた。
また本棚には「バーブル・ナーマ」の写本のコピーを綴じた本もあったが、
それを見ていると、こういうのを読んで歴史を紐解いていく歴史学者は、
本当にすごいなあと思う。
まあ世界史の教科書とかで見る、昔誰がどこで何した、とかいうデータも、
もとはと言えば、こういう資料から判っていくことなのだろうから。
ちなみにこの本は、日本でも間野英二さんという中央アジア史の先生が
訳されているようである。
結局この日は、図書館の閉館時間が来て途中までしか読めなかったので、
またそのうち余裕があったら読みに来たいと思う。
で、土曜はそんなわけで、修論は全然はかどらず、
今日日曜は、友達とグリニッジ天文台へ行ってきた。
イギリスは全然観光してなかったので、
まあ少しくらい見ておくか、という感じだったが、
天文台の周りの公園もすごくきれいで、
かなりいいところだった。
ロンドンから電車で15分くらいのところだし、
もしイギリスを旅行する機会があれば、結構オススメです。
結局夕方までダラダラいて、ロンドンに戻ってからしばらく飲んでいたので、
家に戻ってきたのは0時すぎだった。
そんなわけで、明日からまた気を取り直して、図書館で修論のつづき。
頑張って少しでもいい物を仕上げたい。
そして、9月4日(火)の朝に帰国します。