キュヴェ タカ/cuvee taka 椿庵酔哲「湘南隠居日誌」

-湘南散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

台湾二日目

2018-05-25 | Weblog
昨夜飲み食いしすぎで3時前に胸がむかついて起きてしまったが、2時間ばかり読書をして二度寝をして7時に起きたら快調で、風呂に入って朝飯を食いに行った。
どちらかと云うと西洋風なブッフェで、サラダがあり、ミニトマトがあったのでこれを中心にレタスやサボテンの葉やハム、ソーセージなどをあしらって一皿にして食べた。
ヨーグルトはパッションフルーツが入ったやつで、久し振りの生のパッションんの香りを楽しんだ。
輸入会社に入って初めて売ってこいと言われたのがニュウエイ島のパッションフルーツだったので思い出深い果物でもある。
そういえば前回の台湾のホテルではパッションフルーツが半分に切られて出ていて、同行者がむさぶるように食べていた。
暖かいお皿はコロッケを頼んだが、まあどうっていうほどのものでは無かった。
それより後から出てきたマンゴが美味しく4切れ食べてしまった。

10時前に総統府に行き、内部見学の列に並んだら、直ぐにパスポートチェック、持ち物検査を結構厳重にやり、ペットボトルは呑んでくださいと言われて飲んだ。
まあこのやり方が一番理に適った内容チェックだなと感心した。
日本人専門のガイドの84歳になる陳さんという方が丁重な案内をしてくれた。
中公新書の「台湾」を読んでいたので台湾の歴史とこの総督府についての概要は分かっていたが、台湾中部の阿里山の樹齢1000年以上檜が切り出され、日本の神宮造営や明治神宮の二の鳥居などに使われたり、戦艦大和の甲板にここの檜が使われたというのは初めて知ったことだった。
明治神宮の二の鳥居は日本最大の木造の鳥居で、高さ12ⅿ、幅17.1ⅿ、直径1.2ⅿで、昭和45年に初代の鳥居が落雷で損傷したのを東京の材木商川島泰資が台湾の丹大山で樹齢1,500年の檜を捜し奉納したもので、損傷した檜は樹齢1,200年の阿里山産の檜だった。
金鵄勲章の意味も教えていただき、大変勉強になったが、我々以外の日本人の方たちは説明時間が長過ぎるので途中で消えてしまった。
1時間以上かけて説明していただいたが、もしこのかたに説明を聞きたいと思われる方がいれば、月曜か木曜に訪れ、陳さんをお願いしますと指定するといいですよ。

228平和公園を散策して台北博物館へ行こうと思ったら、途中で228平和記念館があり、この運動は闇でタバコを売っていた林さんという女性が、取締官にピストルで殴られ、周りの人たちがこの取締官を追いかけたため、発砲され死者が出たことで民衆の不満が一気に爆発し、全台湾に暴動が広がった事件で、結局蒋介石に鎮圧されてしまったが、台湾の民主化の礎となった運動だ。
これも「台湾」のお陰で概要は知っていたが、資料を観られるのかと思い20元(80円)を払って入館したら、無料で日本語の音声案内機を貸してくれ、1時間以上展示資料を観ながら案内を聴くことになった。

僕も随分疲れてしまったが、息子はあまり興味がなかったはずで、付き合わせてしまったためにさらに疲れていて、平和記念塔の前のベンチに座り、水を呑んで休みながら疲れたねえ、これからどうしようかと話した。
昼時なので公園の中を昼に向かうサラリーマンや女性が歩いていたが、人気店は混雑して日本語では席の確保も注文も覚束ないので、博物館を見てから昼飯を食べることにした。
前回もこの博物館へきて、日本では統治時代に高砂族と言って一括管理していた先住部族が、実は10部族以上あり、高砂族などという部族が無かったことに驚いたが、今回もう一度展示資料を観た。
二年前にタイの山岳民族の部落へ行って生活様式や織物、住居、シャーマンなどを観たので、今回はそれとの比較が出来てより身近に感じた。

一度外へ出て昼を食べることにした。
台北駅三越近くの饂飩屋で肉、海老、餃子が入ったようなスープを喰ったがやけに美味く、野菜餃子の入った麺を注文して食べたが、拉麺かと思ったら饂飩だったので饂飩屋だと分かった次第だ。
人気店らしく台湾人がひっきりなしに出入りしていたが、昨日同様日本語は全く通じず、安くて美味いところはこの問題があるねえ。

勧業銀行の建物が博物館別館になっているが、そこでは統治時代のビデオが前回印象的で、今回もそれを目当てに見学したが、入り口でガイドのオバサンが日本語すこしだけわかると付いてきてくれたので、展示物の内容については前回よりも格段に理解できた。
前回、だかやけに狭いところで迷路のように感じた部分は、かつての金庫の内部で、建物全体にある漆喰部分が傷んだので日本から左官を呼んできて補修をしたこと、建物全体に空調システムがあり、床下の冷気を循環させて冷房にしていたことなどがオバサンによって分かった。

帰りがけ三越で前回購入した冷凍の粽を土産に買おうと思って地下の食品売り場へ行ったが、売っていなかった。
台北駅から乗って興駅まで帰り、部屋で相撲を観た。
栃ノ心ががっぷり四つで白鳳を寄り切ったが、時代が変わったことを印象付けたね。

風呂に入って汗を流し、ホテルのラウンジでマルティーニを飲んでから「京鼎小館」へ行ったら、昨夜飲んだ老酒の残りがテーブルの上に置かれ予約席としてセットされていた。
気分がいいもんだね、15年前に父と弟と霧島観光ホテルへ泊まった時に、前夜飲んだ芋焼酎の瓶がテーブルにセットされていたのに感激したのと同じ気分だった。
小籠包、ソーセージ、海老焼売などを食べて新しいボトルを頼んで、明日の夜も来ると言って帰って来た。
ちなみに今、「京鼎小館」の店のカードを裏返してみたら、恵比寿が本店で千葉、横浜、池袋、お台場に支店があるんでブッタマゲタ。
それにしちゃあ日本を喋るやつがいないなあ。

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