キュヴェ タカ/cuvee taka 「椿庵酔哲湘南日記」

気儘な湘南暮し ー散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

月京

2019年01月11日 | Weblog
PCで作業をしながら下の息子の帰りを待っていたら4時半になってしまい、息子が帰ってきたら今日は疲れたので散歩に行かないという、慌てて一人で大磯方面に向かって散歩に出た。
変電所の手前の路地で二軒隣の人に会い、何処へ行ったのと訊いたら月京迄サイクリングに行ったとのことで、ひとしきり話をした。

月京は奈良時代の都かと思ったら案外新しく平安末期とのこと、最初に酒匂川上流の千代に京が作られる予定で西の鬼門に飯泉観音が建てられたりしたが、故あって海老名に建てられることになり、その後、今の八幡宮の辺りに変更になったが、馬入川の向こうの大場氏に近いため現在のとところに落ち着いたらしい。
このかたは郷土史の研究をしていて、「相模のもののふ」を買って読めと盛んに勧められたが、一冊2,500円もして、しかも確か5巻の書物なんで手が出ずに何時も茅ヶ崎の長谷川書店で立ち読みをしていてる。
「吾妻鏡」も勧められたが、何度か内容を見ているが、読みにくくてこちらも買っていない。
読書家で8,000冊の蔵書があって、母親にカネを出してもらい庭にプレハブで書庫を建てたが、娘に頼んで段ボール10ケースずつ売って、今では4,000冊位に減ったとのこと。
僕より大分年長なので最終ゴールまでには本当に必要な2,000冊位にするつもりなんだろう。
その気持ちわかるけど、本が減って行くのは辛い。


帰りは暗くなったが五日の月が西の空に出て実に綺麗だった。
風呂に入り、二階で音楽を聴いていたら、晩飯が出来たと呼ばれた。
胃の具合が完全ではなく、温豆腐、鰯団子、蓮入りのメンチカツ、お粥を食べた。
母と少し話をして2階へ上がり横になったが、8時直ぐには眠っていたようだ、10時に目が覚め、次に〇時範囲目が覚めたが、それっきり眠れなくなり蒲地幸子を聴いた。
3時頃から「一神教と戦争」を読みだしたが、5時頃まで読んで微睡んだような気がする。
この本も少しずつしか読んでないが、それでもやっと後半に入り、キリスト教とイスラムの違いについてはっきりしてきたように感じる。

昨日か一昨日既に書いたが、キリスト教=西欧の論理で進んできたグローバリズムが、ここへきて行きずまり、ロシア、中国、インドなどの論理が相対的に目につくようになってきているが、日本も含めて新しい秩序を作り上げていかなくてはいけない時だと思う。
一度くらい戦争に負けただけで我を失くした日本がだらしないと思っていたが、橋爪大三郎は、それゆえ目立たないから大きな抵抗なく新たな論理の提案が可能だという視点を出していて、なるほどそういう考え方もあるのかとちょっと感心した。

確かにJapan As No1などとやっていた頃には大きな反発反撃を喰らって日本の多くの資産をアメリカに持っていかれたが、それでもまだまだ十分な資産があり、金融工学などという嘘話で破綻したアメリカとは異なる成熟した経済状況にいると思う。
右上がりの経済などを考えるのは前世代の方々で、失われた20年で育った若い世代は堅実な経済観念をお持ちのようだから、成長しない経済の中で生き抜くすべをご存知のことと思う、成長戦略などという嘘話に拘泥している前世代を追い出して経済界の主流となってマモニズムから脱却した日本のかじ取りをしていただきたい。

JA湘南へ自転車を走らせたが、朝から強い日差しが照り付けていて暖かだった。
陽気のせいか日向夏と夏ミカンの交配種はるかと金柑を買った。
娘のところへ寄って珈琲を飲んでパチの様子を見たが、手足を痙攣させていて娘と二人であれこれ心配した。
避妊手術の後で変な服を着せられているのと術後のストレスがあり一時的なものではないかと話したが、動画を撮って獣医に見せることにした。

隣の梅が二輪咲いていた。
毎年、大磯の高麗神社近くの梅林の梅の一本が早く咲くので正月前に花を観ていたが、今年は行っていないのでこれが初めての梅の花だ。
そういや昨日の夕方の二軒隣の方との話で、大磯は朝鮮中国人が拓いた町であるという事を話したが、この高麗神社は高句麗人の創建だ。




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