キュヴェ タカ/cuvee taka 椿庵酔哲「湘南隠居日誌」

-湘南散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

酒は読書の敵

2018-05-18 | Weblog
2時に目が覚めて「台湾」を読んだ。
オランダが植民地としたのを鄭芝竜が追い出し3代に渡って治めたが、清によって滅ぼされ、その後日本がやって来るまで200年に渡って治めた。
部屋が暑く窓を開けて風を入れていたら蚊が入ってきていつのまにか眠っていたが痒くて目が覚めた。
蚊取りを引っ張り出してきて点け、キンカンを塗って寝たのが4時半だったろうか。

朝飯は、豆腐と小松菜葱の味噌汁、塩鯖、納豆、胡瓜と蕪の糠味噌漬け。
昨日の朝と全く同じだ。
糠床は友人からもらった壺で新しく作ったが、乳酸発酵が進んだのか、フルーティないい香りがする。
糠床も鰻や焼鳥のタレ同様古さを自慢する向きがあるが、そうでもなさそうだ。

下の息子と二人、JA湘南から山越えで月京に出てヤオマサで魚を買おうと話が纏まり、9時半前に北へ向かい歩き出した。
JA湘南はあいにく休みで空豆が買えなかった。
朝採れたのを他の半額で売るのでわざわざ行ったんだけど、残念。
南へ歩き富士見ヶ丘と石神台を分かつトンネルを抜けるが、日本が右上がりで自信満々だった頃、山を削って作った分譲地で今では老人の町だ。
この坂が老人の健康を維持するのか、生活に不便なのかは住んでみないと分からないが、一般的に雛壇住宅の問題点を学者連中は指摘している。

ヤオマサには大磯で上がったでかい鯛とサクラマスがあり食指が動いたが、鯛は卵を叩いているし、サクラマスもサツキマスの季節だしなあと見送り、キハダ鮪のアラを買った。
途中の農家2軒で、胡瓜の、絹さや、スナップエンドウを買った。
大磯西郵便局でレターパックを買ったが、受付の女の子が親切で感じかよく、最近色々な所でこのタイプの子に会うが、経済が右上がりでなくてもこういった子が育っているってのは、いい世の中になっているるってことじゃないか。

昼は今日も叉焼麺で、具材がチンゲン菜、三葉、葱、支那竹だった。
チーズビスケット、ハチミツヨーグルトを食べる。

急に暑くなり長い距離を歩いたので疲れ、2階に上がり1時より3時半まで昼寝をした。

4時半頃から相撲を観たが、母がTVで戦後勤めていた新川の今田酒販がでた番組を観て、懐かしく電話をかけてくれと頼まれかけてやった。
母を知っている人がいて、ひとしきり昔話を懐かしくしていたが、何しろ70年近く前のことで、当時目をかけられた大旦那、若旦那は既に亡くなり、相手は三代目だったらしい。
TVでは今の店舗の映像と近所の小学校の映像が映り、矢も盾もたまらず電話をして話がしたかったようだが、当時の母を覚えている人がいて本当に良かった。
これが今田の人と話す最後になるだろう。

遠藤が逸ノ城を仕留めたが、頭を着けて深い上手を浅く取り直して寄ったのが見事だった。
相撲の後、風呂に入りながら考えたが、こうやって15日間TVで相撲が楽しめるのは小学生の時以来で、あえて言えば1981年のハワイ駐在の時に一日遅れの「大相撲ダイジェスト」を旭国、大島親方の解説で毎晩観て以来のことだ。
当時の相撲とは随分変わっているが、相撲の面白さは15日間観なければ分からないね。

西城秀樹が亡くなったと臨時ニュースでやっていたが、好きな歌手ではなかったが同い年なんでショックだった。

妻がバーニャカウダをTVで観て晩飯に作った。
あまり好きではなく、鰹の叩きは辛子と山葵醤油で野菜はマヨネーズで食べた。
キハダ鮪のあら煮があったが、スナップエンドウを茹で、胡瓜を糠床から出し酒の肴とした。
8時に娘が帰ってきて、バケットを切って、カマンベールチーズを肴にしたが、何時も海外に行ってチーズを大量に土産に買ってきてくれた友人が居なくなってから半年、コンテ、グリエール、エメンタール、マンチェゴなどを食べる機会が無くなった。
近頃はもっぱら、妻が好きな買い置きしてある国産カマンベールを食べている。
友人により食生活も変わったが、人生は大きく変わるものだなあとつくづく感じている。

11時までウヰスキーソーダ、梅酒ソーダ、今年初のブルーがデザインに入りダサくイメチェンしたオールフリーを飲んだ。
佐藤優が戒めているが、飲酒は読書の敵である、「台湾」は未だ三分の一のところで止まっている。
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