Amazonに頼んだAIYIMAのアンプが着いたとメールが来た。
うっかり妻に知られ、貴方はお小遣いがあっていいねと嫌味を言われたので、昔はアンプは万円単位だったが、今のは中華アンプで千円単位のものだと懸命に説明をしたが、聞いてなかったな。
昔の人に、土鍋とアンプが同じ値段だと云っても信じがたいだろうが、今ではアンプもスピーカーも中華製なので馬鹿みたいに廉く、しかも結構な音質だから驚いちゃう。
最初に買った中華アンプは4,000円程度で、掌に載るサイズだったが、いっぱしの音質で、ヤマハの11,000円のスピーカーとつなげば、昔10万円もしたオーディオと同じような音が楽しめると、3年くらい前に書いた。
だが、今では中華のアクティブスピーカーが1万円で買えるから、更に時代は進んだ。
ルアーだと1,500円前後だから気軽にポンポン買っちゃうけど、アンプは1万円前後のが多いから時々買って、これで7台になってしまった。
そんなに必要なのかと云われれば、下を向くしかないが、色々と使ってみなきゃどれが良いか分からないし、自分の好みが決まらない。
ちなみにスピーカーも7台あるから、バランスが取れているってのは詭弁で、その内3台はアンプ内蔵だから、アンプ過多だね。
これってロッドとリールの関係に似ているが、流石にリール内蔵ロッドってのは聞いたことが無い。
まあ、ともあれ玄関先から荷物を回収して目立たないように二階の書斎へ運び、開封してスピーカーに接続してみたが、ここ数か月でAIYIMAのアクティヴスピーカーとアンプを買ったので、なんとなくこの会社の音色に馴れているせいか、中々いい音だなと思って聴いている。
今回平塚図書館から借りて来たのはJazzアルバムで、日本人ダイヴァのランキングがあり、その中に思いもよらぬ森山良子の名前があったので借りて聴いてみたが、伊東ゆかりなども戦後米軍キャンプで歌っていて、その頃はアメリカンポップスを総称してジャズと云っていたそうで、森山良子のルーツもそこに在るのかなと思ったが違った。
ヤッパリ最初はフォークで、69年の「禁じられた恋」で歌謡曲の大ヒットをとばした。
個人的には同年発売の「恋人」の方に心を奪われ、何度も繰り返しレコードを聴いた覚えがある。
父親がジャズトランぺッターで母親の浅田陽子がJazzsingerなので、かまやつひろしは浅田陽子の姉とティーブ釜萢の子で従兄弟に当たり、その環境と素養はあったわけだ。
MISIAのJazzアルバムを聴きたいが、残念ながら図書館には無く、まあそれでも他の楽曲を聴いていれば、いいか悪いかくらい分るので、最近アルバムを借りて聴いている。
ケイコ・リーもジャズダイバの高いところにランクされていたので、一時凝って随分CDを買い集めたが、持ってないのを借りた。
さだまさしの「秋桜」のカバー他自作の日本語の曲が2曲ありチョット驚いた。
この人在日韓国人らしいけど、日本語の曲の方が英語の曲より良かったが、ご本人抵抗があるのかもしれない。
この人、声が太くて掠れているのが魅力だ。
やはり、Jazzに凝っていた頃に美人だったので好んでCDを集めた青木カレンの「Tokyo Jz Trippin’」これジャケトが色っぽいピンクの下着みたいなワンピースが印象的で、ジャケ買いしたはずだが探すのが面倒なので借りた。
手嶌葵は何で借りたのか記憶にない、古希には良くある話で気にしない、2008年「虹の歌集」で、荒井由実「Chinese Soup」と竹内まりや「元気を出して」が入っていた。
4時になったので釣りに出かけた。
午前中随分歩いたので疲れていたが、昨日ルアーを投げて、投げているだけでハイになる感覚が蘇り、昨日持って行かなかったミノーを投げたくて無理をした。
昨日と打って変わり風波で西風が強く投げにくかった。
ミノーはファースト9S、K-10の9S、ショアラインシャイナー50を投げたが重心移動システムが無い固定錘のファーストが安定していた。
風のため30mほどしか飛ばないが、波裏に行っており、これで鱸が居れば喰うんだけど僥倖はそう簡単には訪れない。
中華のシンペンを投げたら50m以上ぶっ飛んだので驚いた。
道理で皆さんサーフではシンペンを多用するわけだ。
投げているだけで痛快で、これに釣果が加われば信頼の1本になるよね。
6時半に帰って来たら、妻が晩飯を食っていた。
豚のロースをグリルして、ホウレンソウの胡麻和え、若竹煮、鰤のバルサミコソース焼き、とろろ昆布汁で食べた。
食後によせばいいのにメロンパンとクルミパンを食べ煎餅も齧った。
TVでトランプの政策の解説をやっていたが、面白くないので二階に上がって、借りて来たCDを新しいAIYIMAのアンプとOnkyospeakerの組み合わせで聴いている。
少し勉強もしなくちゃいけないんだけど、書斎フィッシングと音楽に時間が取られてサボっている。
少年は既に老いているのに、これじゃあ学が成るなんてことはあり得ない。






