キュヴェ タカ/cuvee taka 「椿庵酔哲湘南日記」

気儘な湘南暮し ー散歩に読書、映画、酒、そして時々釣り-

経験が科学を上回る場合

2011年04月07日 | Weblog
“高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく) 想え惨禍の大津浪 此処より下に家を建てるな”

岩手県宮古市の重茂(おもえ)半島にある姉吉(あねよし)地区は、明治三陸地震(明治29年)と昭和三陸地震(昭和8年)で壊滅的な被害にあい、海抜約60メートル地点にこう刻まれた石碑が立つ。今回の東日本大地震ではこの碑のお蔭で津波の被害を免れた。過去の災難の教訓を風化させずに石碑の形で残した人も偉いが、それを78年もの長い間守り通した住民も偉い。

最近の不動産業者の開発を見ると、地盤の悪い所や水の出る所を平気で造成して販売しているが、今は無き近所の古老が“あすこは家建てちゃ駄目だよ”と言っていたのを思い出す。そういや4年前に二宮の浜の砂が台風の大波で持っていかれて海岸がなくなってしまったときも、年老いた漁師がここは高速道路造ったら必ず砂を全部持っていかれると話していたと、釣り仲間の古老から聞いた。年寄は伊達に長生きしているわけじゃなく、生きてゆく術を心得ているわけだから言われた事は素直に聞くのが正しい。科学より経験であることもある。

俺も一つ若いやつらに伝えたい。原子力はコントロール可能になるまで平和利用の名の元であろうと使わないほうが良い。はたして年寄りの繰言を聞いてくれる若いやつはいるのだろうか。せめて石碑にして残してみようかしらん

3,11以来都内に出る事が無かったのですが、先日久し振りに人形町まで足を運びお客様と会食をして帰ってきました。震災直後の様子は知りませんが、随分平常生活に戻ってきているような気がいたします。所々に震災の後遺症といえるものを発見するとしても、地下鉄へのエスカレーターが止まっていることや、ビルのエレベーターが止まっていることくらいで、比較的順調に行って帰ってきました。

人形町交差点の桜は三分咲でしたが、八重洲の桜は満開と都内の左程離れていないところでも開花の具合がまちまちで、小気象の違いか染井吉野のクローンの違いによるものでしょうが、少し場所を変えると都内でも長く桜が楽しめます。今年は花見も自粛ムードとか聞きますが、お祭り好きとしては果たしてそんなことをする必要があるのかなあと思います。悲しむべきところは大いに悲しみ、楽しむべきところは楽しんだらいいんじゃないかと思います。春の選抜でガッツポーズが随分と地味になったのを評価している論調が多いようですが、あれは今までがやり過ぎだったんじゃないのでしょうか、自然に出て来るからだの動きは避けられないもので魅力的です。他人のパフォーマンスを見てそれより目立つものをとより工夫して、派手なアクションを考案する必要はないと感じます。

NHKBSで山田洋次郎が選んだ邦画100本を放映していますが、最初の二本「東京物語」と「二十四の瞳」を観ました。小津安二郎が著書の中で、原節子は大根役者だといわれていたが、使ってみると過剰な演技をせずに多くのものを表現する優れた女優であると書いています。芸達者といわれる臭い演技を避けた小津らしい評価ですが、それを踏まえて観てみたら一掃間の取り方と空間の扱い、省略の技法の味わいが増したようです。

さて、今年の花見、自粛などせず出かけます。花曇になるかぽかぽか陽気になるか知れませんが、空を遮る桜をローアングルから眺めることにいたしましょう。

静寂を楽しみながら、禁じられている酒を少しだけ舐めながらね。

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