四十路男の失敗日記

40代独身男(永遠の三十路)の苦闘の日々。不安障害を患うアラフィフ男の青春の挽歌。

日本語ブームに乗って

2005年12月10日 | その他・趣味
最近、「正しい日本語」をテーマにした本やクイズ番組が流行っているようだ。
そこで三十路も、ちょっと気になる日本語をいくつか挙げてみようと思う(ただのネタ切れだろ、というツッコミは無し)。

@「ら」抜き
  これはもはや、日本語の乱れとは言えないくらい一般的なので、いまさら挙げる必要もないかと思う。
そもそも「ら抜き言葉」を使う人が現れたのは昭和初期であり、問題にされ始めたのも戦後間もなくの事である。それなりに歴史があるのだ。しかも西日本方面では「ら抜き」の方が普通に使われている。「見れる」「食べれる」「着れる」など、可能の意味で使われる場合は、認めなければなるまい。

@(声を)荒げる
  正しくは「荒らげる」である。「アラゲル」と「アララゲル」の違いなのだが、テレビやラジオでは必ずと言っていいほど「アラゲル」が使われている。某国営放送は違うと思うが、民放ではアナウンサーまでもが「アラゲル」を使っているのには呆れる。「アララゲル」が言いにくいからだろうか?今後の使われ方に注目したい。

@的を得る
  正しくは「的を射る」であるが、これもかなり「得る」が普及している。本来の意味を考えてみれば、的は「得る」ものではなく「射る」ものであることがわかる。「当を得る」とごっちゃになってしまった言葉だと言われている。このような現象を「混淆」と言う。(混交、とも書くが、こちらは慣用)
これと同じパターンの言葉はたくさんある。たとえば
「汚名挽回」→「名誉挽回」×「汚名返上」
「熱にうなされる」→「熱にうかされる」×「夢にうなされる」
「一刻千秋」→「一刻千金」×「一日千秋」
など。気をつけたいところである。

@出生率(シュッセイリツ)
  伝統的な読みは「シュッショウリツ」であるが、やはりテレビ・ラジオでは「シュッセイ」が多く使われている。「シュッショウは老人語」などと書いてある本や辞書すらある。三十路が学生の頃、「老人語などという言葉自体がない。ある辞書では老人語を見出し語にしているが、それは編者の保身だ」と怒った教授がいた。

@何気に
  若者を中心に使われている略語(?)。「何気なく」と言ってもらいたいところだが、もう手遅れなくらいに広まってしまっている。同じように「ムズい」なども「難しい」とちゃんと言ってほしい。初めて聞いたときは、「むずがゆいのか?」と思ったものだ(三十路もこのブログでよく、キモい、などと書くのだが・・・)。これらの言葉は明らかに間違いなので、指摘したい衝動にかられるが「頭の固いジジイめ」「学をひけらかしおって」と思われるのが嫌なので、三十路は黙っていることにしている。

@口を濁す、口先三寸
  口に関係のあるものをふたつ。言うまでもなく「言葉を濁す」「舌先三寸」が正しい。「目をそむける」(正・顔をそむける)、「目線」(正・視線)など、目に関する言葉の誤用も多い。いずれも各メディアで多用されている。

もうひとつだけ挙げさせてもらいたいのが、敬語の使い方でよくある間違いである。
数年前、三十路が病院に行ったときのこと・・・看護婦(当時)に「三十路さま、中でお待ちしてください」と言われ、笑いをこらえたことがあった。
「お~する」が、尊敬表現ではなく謙譲表現であることを知らなかっただけだろうが、「三十路さま」というバカ丁寧な呼び方とのギャップが面白くて仕方がなかった。「三十路さん、中でお待ちください」と言ってくれよ。
「カバンをお持ちします」のように、「お~する」という表現は、自分がへりくだることで相手を高める敬語である。それを相手に使うのは、失礼この上ないので、是非注意したい。「社長が申されるには・・・」のように、謙譲語+~れる(られる)も、時代劇の見すぎではないかと思ってしまう。「社長が言われるには」あるいは「社長がおっしゃるには」とすべきである。

日本語は、実に奥が深い。三十路が日本語学を専攻していた頃からもう何年もたつのに、興味が尽きることはない。そもそも言葉とは、時代とともに変わっていくものである。奈良時代の日本語と現代の日本語が違うように、現在では間違った使い方とされている言葉の中にも、いずれは正しい用法として定着していくものもあるだろう。頭の固いオッサンも、ここはひとつ大人になって、これからの日本語を見守って行きたいところである。
コメント (3)

やるっしゅ倶楽部

  
来海えりか/キュアマリンをしつこく応援し続けようと思うんだ。
ハートキャッチプリキュア!を、何かとオカズにホンホンするクラブ。2011,09,01現在、部員2名(えー

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