かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

06リセットハンマー その3

2010-07-25 10:47:19 | 麗夢小説『夢の匣』
「痛ぁいぃ……」
 麗夢は、円光の錫杖に一撃された後頭部を両手で押さえ、ごろん、とうつ伏せの状態から仰向けに転がった。あまりに痛くて片目しか開けられないが、すぐ隣のやや埃がたまった床に、『凶器』の錫杖が所在無げに転がっているのが見えた。あの斑鳩日登美のパワードプロテクターを打ち破った業物である。痛いだけで済んでいるなら僥倖と言うべきだった。
 麗夢はようやく両目を開き、右手は後頭部のコブに当てたまま、上体を起こして室内を見回した。涙でにじんだ視界に、見覚えのある狭い部屋が映る。耳を澄ませると、学園のそこここで奏でられる明るい歓声が、初夏の微風に乗って窓越しにささやいてくるのが感じ取れ、麗夢は、強い既視感を覚えた。
 まださっきまでの夢の残滓が色濃く脳裏に漂うようで、現実感がいまいち不足しているようだ。
 自分が小学校教師になっていて、あの死神が教頭先生で、榊警部や円光、鬼童が小学生になっていて、と、ゆっくり夢の記憶を想起し、現実の自分と切り離していく。その上で、あの、あっぱれ4人組の妹を名乗る4人の小学生の事を改めて意識した。4人がここから逃げ出し、濃密な夢の気配の中を追いかけて、あるはずのない南麻布学園初等部まで行ったのはもう何日も前のことだ。だが、麗夢は腕時計を見て軽く目を瞠った。ほとんど時間が経っていない。他に時間や日付を確認する方法は無いが、外から漏れ聞こえる女生徒達のクラブ活動の様子などからしても、うたた寝から目覚めてから、間違いなく時間はほとんど経過していないと考えてよいだろう。これはまさに『胡蝶の夢』。あるいは、これこそあの『玉手箱』の力なのかもしれない。すると、次に白い煙を浴びたら、一気に時間が進んだりするのだろうか?
 麗夢は軽く頭を振った。頭の中がクリアに澄んでくるのが意識される。
 後頭部だけはまだズキズキするが、かえってこの痛みが残っている方が、意識がはっきりしていいかもしれない。
 もう大丈夫だ。
 麗夢はようやく円光の錫杖を拾い上げ、立ち上がろうとした、その時。
「動かないで」
 麗夢は、ゆっくりと背後の出入口を振り返った。
「貴女は、夢じゃないのね」
 静かに問いかける麗夢に、荒神谷皐月はいつになく真剣な面持ちで言った。
「もう少しだったのに。もう少しで必要な力が蓄えられたのに」
「全てをリセットする力?」
 皐月は、無言で唇をかみしめ、麗夢を睨みつけた。その無言の答えを、麗夢は正確に受け取った。なるほど、もう少しだったわけだ。私が私でなくなり、ルシフェルが、榊警部が、円光さん鬼童さんが、それぞれの本来の姿を失ってしまうまで。その上で『何を』リセットしようとしていたのか。それは恐らく……。
 麗夢は言った。
「弥生さんが、好きだったのね」
 皐月の目が大きく見開かれた。
「でも、それは無理なことだわ。できないのよ」
「そんなこと無い!」
 皐月の叫びが、狭い室内を一瞬で満たした。
「できるのよ! 私にはできる。原日本人4人の巫女の正統後継者である私なら、ここまで起こった全部を無かった事にして、原日本人だとか征服民族なんてこともみんな無かった事にして、みんなみんな無かった事にして、呪いもしがらみもない平和で楽しい毎日を創り出すことができる!」
 皐月の想い、願い、望みが、膨大な感情に乗った心の叫びが、麗夢の全身に突き刺さった。ようやく麗夢には理解できた。そうか、そこまで考えていたのか。
 だが、麗夢は冷酷に言った。
「絶対無理。私とルシフェルの力を吸い尽くして、榊警部や円光さんや鬼童さんの力まで利用して貴女のその『玉手箱』の力をフルに発揮したとしても、できない」
「できる!」
「いいえ無理だわ」
 麗夢は冷静に皐月の様子を看て取った。なんてことだ。あれから現実世界でほとんど時間がたっていないのに、この娘は……、これじゃ、まるで本当に『浦島太郎』じゃない……。
 麗夢は言った。
「自分の事なんだから、もう分かっているでしょう? 貴女はもうもたないわ。多分、もし成功したとしても、貴女は私やルシフェルと共に、消えてしまうんじゃないの?」
「それでも構わない! 原日本人の呪いだなんてくだらないものがこの世から消えて無くなるなら、本望だわ!」
「どうしても、あきらめないのね?」
「麗夢ちゃんこそ、諦めて私の言うことを聞いて。あと少しなのよ」
 皐月の言葉を聞きながら、麗夢はゆっくりと立ち上がった。いつの間にか皐月は、あの彩り鮮やかな小箱を両手に持ってこちらを睨みつけている。どうにかしてあの箱を彼女から取り上げないと、彼女こそ力を箱に吸い尽くされてしまう。錫杖を両手に抱えて完全に皐月と正対した麗夢は、ふと、気づいて皐月に言った。
「他の3人の子はどうしたの?」
「ルシフェルと親衛隊トリオを抑えに言ったわ。私が麗夢ちゃんを片付けて駆けつけるまで足止めする役目よ」
 皐月の言葉に、麗夢は思わず叫んだ。
「そんな無茶な! ルシフェルの恐ろしさを見くびりすぎてるんじゃないの?!」
 すると皐月は、ふふふ、と初めて不敵な笑みで頬をほころばせた。
「心配いらないわ。あの3人だってただの小学生じゃないの。5分や10分足止めするくらい、って、ダメ!動かないでって!」
 だが、麗夢はその制止を全く無視して、突然皐月に体当たりをかけた。咄嗟に皐月が小箱を固く胸に抱きしめて左に身をかわす。
「あっ!」
 皐月は、麗夢が『玉櫛笥』を狙いに出たものとばかり思い込んでいた。ひたすら麗夢を睨みつけていたのは、麗夢が飛び掛ってくるタイミングを図っていたからでもある。だが、麗夢の狙いは当面皐月にはなかった。
 麗夢は脱兎の勢いで出入口から廊下に飛び出すと、原日本人の地下祭壇へと通じる奥の階段めがけ、突っ走った。急がないと!

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