かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

14.死神の陰謀 その3

2008-02-03 19:22:38 | 麗夢小説『ドリームジェノミクス』
「所長」
 まるで高原が振り返るのを待っていたように、階段から見慣れたひょろりとした白衣姿が下りてきた。ナノモレキュラーサイエンティフィックの吉住明である。吉住は神経質そうに銀縁眼鏡に手をやりながら、さながら産業廃棄物処理場と化したフロアを見回した。
「また派手におやりになりましたね。大地震でも来たのかと驚いてしまいましたよ」
「い、いや、すまない。つい取り乱してね。それより吉住君、君は一体今までどこにいたんだ」
 高原はようやく安堵の溜息をついて、唯一無二のパートナーに歩み寄った。
「ちょっと鳩達に最後の仕上げをしておりました。では、始めますか?」
「そうしてくれ」
 返事をしながら、高原は妙な違和感を覚えた。それは、自分が愛用する大剣にふと目を落とした瞬間、具体的な疑問となって口をついて出た。
「ちょっと待ちたまえ! 君は一体何で私のフィールドの中で自由に動けるんだ? 君のDGgene活性は入社の時ちゃんと調べた。君にこの力場を無効化する力は無いはずだぞ!」
 高原は少しでも検体候補を増やすため、所員全員のDGgeneを、DNAマイクロアレイで調べている。夢見状態の対象者の血液を採取し、更にその中からメッセンジャーRNAを精製する。それを、スライドグラス上にドリームガーディアン遺伝子を張りつけたチップに流し込む。遺伝子は蛍光物質でマーキングがされており、もしそれが反応すれば、一定強度の光を発する様に作られている。メッセンジャーRNAは、検体の遺伝子発現をリアルタイムに示す指標だ。このとき、採取・精製したメッセンジャーRNAによってスライドグラス上の遺伝子が反応すれば、そのときの光の強さを読み取ることで、検体の遺伝子の発現量が判るのである。したがって、検体がもし夢見中にドリームガーディアン遺伝子を高発現させる素質を持っているならば、その検体から得たメッセンジャーRNAにその情報が反映され、DGgeneチップ上で強い光を発するはずなのである。高原は所員全員のDGgene発現量を全て頭に書き記していた。そのうち吉住明の項目には、「-」、即ち陰性としか記されていなかった。今、高原は脳のDGgeneを活性化する薬品の力を借り、通常の数倍に達する力をふるって、ドリームジェノミクス社とナノモレキュラーサイエンティフィックを完全に自分の夢空間下においている。美奈、蘭、ハンスの三人ならともかく、ドリームガーディアン能力に欠けた通常の人間は、この結界の中では深い眠りに落ち、自由に動くことなど出来るはずがないのだ。
 高原は、にわかに感じたまさかという疑問に、初めての不安を覚えた。
 すると吉住は、ずり落ちかけた銀縁眼鏡をはずしながら、高原に言った。
「ふふふ、やっと気づいたか。高原」
「?・・・」
「もう気づいているのだろう? わしが誰かを。もっとも、認めたくないのは判るがね」
 吉住は眼鏡を放り投げると、引きむしるように白衣を脱ぎ捨てた。その瞬間、筋肉も贅肉も量目不足な若者の姿が強烈にぶれ、同時に高原の結界を浸食する、醜悪な暗黒の瘴気が若者の肉体を内側から吹き飛ばした。半ば呆然とその光景を見ていた高原は、やがて実体化した闇の結晶に、信じられぬ思いで目を見張った。
「き、貴様・・・貴様は・・・、死夢羅!」
「ふふふ、久しいな、高原。また会えてうれしいぞ」
 死神死夢羅は、銀髪を収めたシルクハットを傾けながら、険の強い視線で舐めるように高原を見た。高原もようやく一時の衝撃から我に返り、隙あらば挑みかからずにはおれないようにそそり立つ鷲鼻と、漆黒のマントに包まれた姿を睨み付けた。
「いずれ貴様が私の計画を嗅ぎ付け、阻止に出てくるとは思っていた。のこのこ姿を現すほど馬鹿とは思わなかったが・・・。まあいい。貴様、吉住をどうした?」
 高原は内面の衝撃を収めると、静かな口調で死夢羅に言った。だが、死夢羅の目と耳には、高原の全身が炎たつ怒りに包み込まれ、轟音を奏でるのが手に取るように判る。死夢羅は心底うれしそうに口元をねじ曲げると、ぎりぎりまでたわめられた目の前の男に答えた。
「聞かずとも判っているはずだ。あの若造は研究の遅れに焦り、悩んでいたからな。少し甘い言葉をかけてやっただけで、見事わしの筋書き通りに動いてくれたわ。あんな無能を右腕に使っているようでは、お前も大して進歩していないな」
「私は彼の研究成果が欲しかっただけだ。だが、あのマイクロニードルはどうした?」
「ふふふ・・・、京都からわしが取り寄せてやったものだよ。あ奴の仕事ではない」
 高原は剣を床に突き、じっと死夢羅を睨み付けていたが、やがて剣を持ち上げると死夢羅に言った。
「なるほど、そこまで使えなかったとは私も自分の不明を素直に認めよう。だが、わざわざこの私の前に姿を現すとは、貴様もうぬぼれが過ぎたな、死夢羅」
 高原は、今三人を吹き飛ばしたばかりの長剣を死夢羅に突きつけた。
「夢魔を完全に絶息せしめる今回の計画ではあるが、貴様だけは直接私自身の手で叩きつぶしてやりたいとずっと思っていたんだ。その夢を叶えてくれると言うなら、有り難く頂戴するまでだ!」

コメント   この記事についてブログを書く
« 今年は雪が多い年です。明日... | トップ | 立春の今日、眠たい春が早く... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

麗夢小説『ドリームジェノミクス』」カテゴリの最新記事