かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

4.座敷牢 その3

2008-03-30 12:30:40 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平成京都編』
「何きょろきょろしていはんへ。ほんに、今日びの若い娘は落ちつきを知りはりまへんな」
「あなた!」
 二重人格、ではない。
 現代人の高雅、平安朝の高雅。そしてこのもうひとつの人格は! 
 驚く麗夢の目の前で、高雅の右肩が、ぽこり、と野球ボールほどに膨らんだ、と思った瞬間である。突然高雅の茶のセーターが編目を失った様にばらりとほどけ、代わりに、右肩から凄い勢いで無数の白い糸が吹き出した。あれよあれよと言う間に糸は高雅の全身を覆い尽くし、やがて一枚の布と化すと急速にある衣装へと収束していった。その間多分数秒とかからなかったに違いない。その僅かな間に現代人高雅は跡形もなく消え去り、平安時代の陰陽師、綾小路高雅が、高々と烏帽子を頭に乗せて登場したのである。麗夢はその瞬間この部屋の空気が一変した事に気がついた。頼りなげで猫背の高雅が、しゃんと背筋を伸ばし、大きく胸を張る。そして、突然豹変した口振りは、まさしく麗夢の事務所に現われた、あの高雅だった。
「紹介しよう。我が祖母じゃ」
『どうもご挨拶がおくれまして、私が高雅の祖母どす』
 同じ口から、全く音色の違う声が続けて出た。目をつむって聞いていれば、絶対に人間が二人いるとしか思えない。それほど完璧な「変身」であった。
『初めまして、れいむはん』
「わ、わたしは、れいむじゃなくて、麗夢・・・」
「いいえ、違います」
 辛うじて言い返した麗夢の言葉を、高雅の口を借りる「お婆ちゃん」ははっきりと否定した。
「貴女は、夢御前、麗夢はんです。800年もたってすっかり忘れはったようどすが、何、心配いりまへん。じき思い出してもらいます。高坊、あれ持ってきて」
 高雅は、言うだけ言うとすっと下がって後ろの箪笥から一本の掛け軸を出して戻ってきた。
『さあ、見てもらいましょ。これを見れば、きっと思いだしはるに違いありません』
 高雅は古ぼけた紐を丁寧にほどき、麗夢によく見えるよう、軸を広げて見せた。
「こ、これは・・・?」
 かなり色あせているが、朱、紫、黒の鮮やかさはまだ十分に見て取れる。紫の狩衣を身に纏い、腰まで届く黒髪を扇に開いて、一振りの横笛を一心に吹く美貌の少女。額に金の複雑な造形を施した冠を付け、舞を舞っているその姿は、今にも動きだしそうなほどに生気に満ちている。夢御前、麗夢の姿である。かつて、夢隠村で見たものとそっくり同じ絵が、麗夢の視線を否応なしに引きつけた。
『さあ、思い出しなはれ。かつて、れいむと名乗っていた頃の貴女を』
(いけない! この絵を見ては駄目!)
 麗夢は、唐突に絵を見続ける事の危険に気がついた。意識が、麗夢としての自意識が、目から絵に吸い出されていくように感じられる。と同時に、自分とは違う意識が流れ込んでくるような気配がする。周囲の時間が急速に流れを逆転させ、絵の描かれた瞬間へと奔流となって麗夢を押し流す。やがて絵の中の夢御前の姿がきらりと光って、急に赤いミニスカートの女の子に変わった。鏡像のようなその絵を見つめながら、早く目を離さないと、とわずかに残った麗夢の意識が叫んだ。だが、明らかにその警告は遅かった。絵は明滅を繰り返しながら、夢御前と麗夢を交互に映し出す。そして、夢とも現ともつかぬ希薄化した意識のぬるま湯の中に、麗夢を溺れさせていった。
 数秒間、辛うじて肉体を支えてきた筋肉が弛緩し、麗夢の身体はあえなく畳に崩れ落ちた。がしゃん! と派手な音を立てて、まだ食べかけの膳がひっくり返った。その途端、高雅を覆っていた白装束も瞬きする間もなく溶けた。高雅はさっきのセーターとともに本来の意識を呼び覚ました。
「お婆ちゃん! これは一体どうしたんや? お婆ちゃん!」
『高坊、ちょっと落ちつきなはれ。れいむはんには、少しの間、思い出してもらう時間が必要なんや。そうせんと、高坊のお嫁さんになってくれしません』
 高雅は一人二役を演じながら、急いで桐箪笥の一番上の引きだしから大きな鍵を取り出した。
『何しはんのえ? 勝手な事したらあかんで』
「そやかて、あのまんま膳をひっくり返しとく訳にはいかへん。それに、あんな格好、目のやり場に、困る」
 高雅が上気して言うのも無理はなかった。麗夢はまだ赤いミニスカート姿なのである。倒れた時の微妙な角度で、その中をのぞき見る事はできない状態ではある。だが、かえってその見えそうで見えないところが、高雅のうぶな純情を刺激してやまないのであった。
『そうか。でも、変な気ぃ起こしたらあきまへんえ。大事な儀式の前やさかい』
「お婆ちゃん!」
 高雅は顔を真っ赤にして古ぼけた錠前を古さにふさわしい音ともに開け、牢の中に入った。
『それ片付けたら始めよか』
「もうか?」
『だから、儀式に間に合えへんて言いましたやろ、高坊』
「うん」
 不気味な一人芝居の最中、高雅の右肩は膨らんだまま、得体の知れない蠕動を繰り返した。自分はこの男の血によって目覚めた。次はこの少女の血で更に大きく育つ時だ。右肩の膨らみは、その時を待ち切れないかのように、喜びに打ち震えていた。

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