かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

08 原日本人の秘宝 その1

2010-10-03 16:09:00 | 麗夢小説『夢の匣』
 にわかに切迫した麗夢の焦りに、冷水を浴びせかける声が洞窟に響き渡った。
「遅かったな麗夢!」
 思わず振り返った四人は、地面に横たわる三人の傍らにいつの間にか佇立する、漆黒の姿を捉えた。闇を体現するマントが翻り、その腕に抱き抱えられた、小さな身体が垣間見えた。
「その子を、荒神谷皐月さんを放しなさい!」
 真っ先に麗夢が飛び出して、脇のホルスターから拳銃を抜くと、宿敵、ルシフェルの眉間に狙いをつけた。榊、円光、鬼童も、それぞれの獲物を取り直し、麗夢の背後に駆けつける。だが、死神は沸騰する四人の戦意など歯牙にもかけない様子で、抱えていた皐月の身体を、無造作に三人の仲間の上に放り投げた。
 うぅっとうめき声がして、気を失っていた四人が息を吹き返すと、ルシフェルはうつ伏せで三人の上に乗る皐月の背中を右足で踏みつけた。皐月の顔が苦しげに歪み、下敷きになった三人のうめき声が、小さな悲鳴に変化した。
「ふふふ、これでいいかな? 麗夢」
「おのれ死神!」
 激怒した円光が、灼熱の気を錫杖に込め、ルシフェル目がけて打ちかかった。まるで時間を切り取ったかのように、一瞬で肉薄する円光がルシフェルに錫杖を突きつける。だがルシフェルは、全く避ける素振りも見せずに余裕の笑みを浮かべていた。円光のあまりの速さに反応する時間すら得られなかったのか、と、榊がルシフェルの敗北を幻視したのも無理はない。だが、両者が瞬きする間もなく交錯した瞬間、息を切らし、その場に突っ伏したのは、攻撃された側ではなく、今まさに必殺の攻撃を繰り出した方であった。その脇に、力なく錫杖が転がり落ち、哀しみを奏でるように輪環の打ち合う音が洞窟にこだまする。円光は、腕に残る耐え難い衝撃に顔をしかめつつ、ルシフェルに言った。
「な、何をした……」
「馬鹿め。もはや貴様の力が、ほんの僅かでもわしに届くことはない」
 円光の一撃は新型戦車の複合装甲すら貫くほどの力がある。だが、愛用する錫杖の突端がルシフェルに届いたと感じた瞬間、円光は、漲る自分の力が風船がしぼむかのように唐突に消え失せたことに愕然となった。まるで、自分の体がずっと幼い子供のように、そう、さっきまでの悪夢の中で演じていた小学生ほどの力しかなくなったように、感じたのである。円光の鍛え上げた錫杖は、見かけよりもはるかに重く、頑丈である。小学生の握力や腕力では、持ち上げることすら敵わない。円光は、たちまち衝撃と重量に耐えかねて錫杖を取り落とし、自身はルシフェルの負の圧力に屈して、その場に伏せたのだった。
「円光さん!」
 麗夢が叫ぶと同時に、榊も拳銃の狙いをルシフェルに向けた。だが、信じられないことに、その拳銃が榊の手から滑り落ちた。
「榊警部!」
 足元に転がる拳銃に鬼童が驚いた途端、今度は鬼童の抱える巨大なラッパのような装置が、ガシャン、と耳障りな不協和音とともに地面に転がった。榊と鬼童は自身を襲う異常な感覚に愕然となった。円光を襲ったこの感覚。自分の力が、まるで子供のように小さく弱々しいものに変化してしまったことに、二人は戸惑いを隠せなかった。
「警部、鬼童さんも、どうしたの!」
 力を失い片膝ついた榊と鬼童に麗夢が慌てて振り返った。途端に、麗夢も頭のすぐ横で大鐘を鳴らされたかのような違和感を覚えた。もの凄い力の心的圧力が直接脳を揺さぶり、心を握りつぶしに掛かっているかのようだ。麗夢は強烈な目眩を覚え、思わず目をつぶってその場に跪いた。あの、初めて荒神谷皐月以下4人の小学生に翻弄され、『南麻布学園初等部』に誘い込まれた時と同じ、妙な夢の波動を感じる。だが、そのパワーは格段に強い。
「ふふふ、これくらいで意識を飛ばすのではないぞ麗夢。今から面白いものを見せてやるのだからな」
「なんですって……?」
 麗夢は、顔をしかめながらなんとか目を開けてルシフェルを見た。ルシフェルは、4人の小学生を踏みつけながら、懐から小さな箱を取り出してみせた。
「そ、それは!」
 今はルシフェルの足元に踏みつけられる少女に何度も見せつけられ、麗夢を翻弄したあの錦の小箱。玉手箱、と言われたその箱を、今はルシフェルが持っていた。
「……か、返して……」
 ルシフェルの足元で、息を吹き返した皐月が、震える手を伸ばした。ルシフェルはわずかに嘲笑を浮かべると、ぐい、と一段と踏みつける力を加えた。4人の悲鳴が更に上がり、下側の3人が次々と力尽きて再び気を失う。それでも皐月だけは必死に耐え、なおもルシフェルに届かぬ腕を伸ばそうとした。
「所詮貴様らには過ぎた道具なのだ。わしが存分に使ってやるから、安堵して元の姿に戻るがいい」
 元の姿? 麗夢が疑問を感じた瞬間、皐月の顔色が驚愕に一変した。
「だ、ダメ! 止めて!」
「いい音色だ。人間でないのが惜しいくらいにな」
 ルシフェルは、皐月の悲鳴と懇願を気持よさそうに聞き流し、箱の上蓋を開けた。
 途端に、辺りを圧する夢の気配から、「何か」が急速に薄くなった。鬼童の計測機器が正常なら、その変化を測定できたかもしれない。それは、いうなれば夢の波動のごく一部を減衰させ、消去したようなものだったからだ。そしてそれは、荒神谷皐月達4人を現世に支える、最も重要なエネルギーでもあった。
「……な、なんと……」
 最も近くにいた円光が、思わず目を瞬いて眼前に生じた変化に驚愕のつぶやきを漏らした。少し離れた麗夢、榊、鬼童も、信じがたいものを目の当たりにして、上げるべき声を失った。
 それは、皐月を除く、3人の、元少年・少女の姿だった。煉瓦色の、粘土を焼いて固めた小さな姿。一般に、埴輪と呼ばれる土製の人形が三体、皐月の体の下に並んで転がっていたのである。
「あの子達、4人組の妹じゃなかったの……?」
 麗夢のつぶやきに、「弟だ!」と言い返す声ももう聞こえない。榊も、自身取っ組み合いをしてギリギリのところで組み伏せた狼の本体が、ただの土人形と知って半ば呆然となった。
「……どういうことだ……。鬼童君、あれは一体……」
「……多分、あの玉手箱の呪的能力なのでしょう。かつてのあっぱれ4人組が一つずつ所持していた物だったりするのではないでしょうか」
「じゃあ、皐月ちゃんも?」
 麗夢の質問に鬼童が答えるより早く、ルシフェルの哄笑が地下洞窟にこだました。
「その通りだ! 原日本人が遺した最大の秘宝、夢匣の放つ強力な夢の波動が生み出した、夢幻と現実との狭間。その狭間に仮りそめの生を受け、小癪にもうろつき回ったのが此奴等というわけだ。だが、この箱をわしが持つ限り、もはやその茶番も終わりだ」
「お願い! 返して!」
 皐月は、更に抗ってルシフェルの手からその小箱を取り戻そうともがいた。
「馬鹿め。これはもともと夢守が操ってこそ最大の力を発揮する。貴様ごとき人形に、使いこなせるものではないわ!」
 ルシフェルが更に足に力を込めた。皐月は手足を踏ん張ってその圧力を支え、自分の体の下にある3体の埴輪を守ろうと頑張った。だが、その力の差はあまりに大きかった。皐月の力の限界付近でわざと手加減し、いたぶり苛んでその苦痛を楽しんでいたルシフェルは、もう飽きた、とばかりに思い切り体重をかけて皐月の背中を踏みつけた。それでも限界を超えて皐月は耐えたが、もう一度ルシフェルが力を込め直すと、それに抗う力はその細い四肢には残っていなかった。皐月の胸の下で、バリバリと薄い陶器が割れ砕ける音が鳴り、あえなく皐月は地面に這い付くばった。皐月の目に涙が溢れ、ポロポロと地面にこぼれ落ちた。ルシフェルは満足気にその姿を見下ろすと、追い打ちをかけるように皐月に言った。
「フフフ、貴様には散々虚仮にされたからな、仲間と同じように土に返す前に、これから行うわしの偉業に充分絶望を堪能する時間をやろう。ありがたく受け取るがいい!」
「ルシフェル!」
 眦を決した麗夢が、目眩に抗いながらすっくと立ち上がった。
「もう怒ったわ! 絶対に許さない!」

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