かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

1.夢隠村 その1

2008-03-30 12:33:29 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平成京都編』
 不気味な鳴動を続けていた富士山が、再び磐石の静けさを取り戻した。迅雷のごとく荒れ狂った怪物、平智盛の鎧の残骸も、今は急速に風化が進み、砂と化して折からの風に吹き飛ばされた。後に残されたのは、全てを朱に染めてしまうかのような夕焼け空に、破壊された自衛隊の車輛達が上げる、幾筋かの黒い煙だけである。まだ誰も事態の急激な結末についていけないらしく、救援活動も始まってはいないが、航空自衛隊まで巻き込んでの怪物騒ぎとその後始末は、近い将来、必ず隊創設以来の大惨事としてしばらくの間世評を騒がせるに違いない。
 そんな奇妙な静けさの中、事件の張本人の一人、城西大助教授、鬼童海丸は、生まれたばかりの恋心に後ろ髪を引かれながら、そっとその場を抜け出した。一度だけちらと振り向いてその後ろ姿を確かめたのは、この「クール」という単語を人に練り上げたような男にしては、珍しい未練だったと言えるだろう。
(綾小路麗夢さんか)
 出来る事ならもう少し一緒に居て、せめて連絡先位は聞いておくべきだったかもしれない。
 研究対象や研究仲間以外の気になる女性。
 そんなものがこの世に現われようとは、鬼童にとっては久々に味わう、新鮮な驚きであった。
(まあ、多分そう遠くないうちにまた会う事もあるだろう)
 それは直感。あるいは予感。いや、単なる願望なのかもしれない。鬼童は、自分がそのような霊性にはなはだしく欠ける事を十分理解していた。その専門、超心理物理学を探求しようと考えたのも、自分に欠けるそんな要素を理解したい、との強い欲求から出たともいえる。だが鬼童は、我ながら非理性的だと自嘲しながら、それでもこの時、自分の気持ちを少しも疑おうとは思わなかった。
 鬼童は、もう一度振り返り、腰まで隠す緑の黒髪が風に揺れて、赤いレオタードに包まれた可愛らしいヒップがちらりと見えた事に思わずどきまぎしてから、今度こそ真っすぐ自分の目的に向けて歩き始めた。
 鬼童の目的地はすぐに着いた。ついさっき大慌てで跳びだしてきたばかりの洞窟である。鬼童は、ためらいもなく再びその深淵に身を踊らせた。すぐに用意していたペンライトを灯し、奥まった底知れぬ闇にわずかな光を投げ掛ける。自分の心音すらこだまするのではないかと錯覚させるほどの無音の世界に、ただ砂を噛む革靴の底だけが規則正しい音を打ち続けた。 
 鬼童が軽くペンライトを振ると、あまり強いとはいえないビームでも、鍾乳洞が表情豊かに奇怪な陰影を壁面に刻み付ける。更に進んで智盛が破壊した岩の裂目を抜けると、鬼童はぐるりとペンライトを動かして、広間を埋め尽くす膨大な砂金に光を走らせた。平家の隠し財宝と伝えられる黄金の白洲が、眩しいほどにきらきらと光を弾き返す。そのはるか奥に、金色の海に浮かぶ小島のように少し突き出た岩がある。兜に納まった智盛の首のミイラが安置されていたところである。目的のものも多分その辺りではないか、と見当を付けた鬼童は、敷き詰められた砂金に足を踏み入れた。
 何歩も歩かないうちに、鬼童の右足が、何か柔らかく重いものにつまづいた。バランスを取って繰り出した左足が、今度はぐにゅりとやや固めの棒を踏み付けて再び鬼童をぎょっとさせる。鬼童はあわてて飛びすさり、ペンライトを足元に向けた。鬼童はうっかり失念していたのだ。騒動の初期に永遠に動きを封じられ、今までじっと訪れるものを待ち続けていた一人の女性を。
「脅かさないでくださいよ、恭子さん」
 鬼童はほっとすると同時に、首を失って仰向けに倒れこんだ年上の女性に話し掛けた。恭子こと美衆恭子は、弟達彦をそそのかし、智盛の怨霊を封印していた夢見人形を盗み出させた、いわば事件の張本人とも言うべき女だった。
「じきに警察の方が迎えに来ますから、もうしばらくそこでそうしてらっしゃい」
 鬼童がもの言わぬ遺体に軽くウインクして、改めて目的の台座に歩いて行こうとしたその時だった。腕時計がわりに右腕の手首に巻いていた計測機端末が、未知のエネルギーを拾いあげて、鬼童に注意を促した。
(これは?)
 鬼童は機械の感度を最大にあわせた。もし見ている者が麗夢や円光のような能力の持ち主なら、たちまち鬼童の右手辺りの空間に歪みが生じたのが見えただろう。首無し武者が現われる直前、麗夢に警戒心を呼び起こしたエネルギーの波動が、より鮮明に鬼童へ目的物が至近に存在する事を告げた。改めて辺りを見回し、ふと落とした視線が、さっき踏み付けてしまった美衆恭子の左肩の下から、金色とは少し色あいの異なる物がのぞいているのを発見した。しゃがみこみ、注意深く肉付きの良いその体を横にどける。すると、計測機の反応が一段と鋭敏になった。鬼童が慎重に砂金をのぞき、ライトを当てると、その光の円に何やら色褪せた朱色の布のようなものが浮かび上がった。鬼童はそっと手を延ばすと、すくい取るようにしてそれを拾い上げた。
 それは錦の小袋であった。
 袋は古びて所々にほつれが見られるものの、以外にしっかりした紐で口が縛られている。袋には何か砂のようなものが詰まっているようだが、手の平に感じる重さはその大きさの割に以外に軽く感じられる。鬼童は口にペンライトをくわえると、両手でそっと紐を解いた。そして、こぼさないように気を付けながら、中のものを手の平に取った。
「ひゃね(種)、か?」
 やや黒ずんだ褐色の、いびつに歪んだ胡麻くらいの大きさの粒粒が、手の平に小さな山を作った。表面は良く磨かれた鬼童の革靴にも匹敵するほど、艶やかに光を跳ねている。鬼童は園芸にはおよそ興味のない人間であったが、それが何かの植物の種である事くらいはなんとか見当がついた。改めて袋を見た鬼童は、その袋にたった一つだけ、文字が書き付けられているのに気が付いた。

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