かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

16. 旧暦2月14日未明 最後の賭け その1

2008-03-20 08:34:51 | 麗夢小説『悪夢の純情』
「くそっ! 奴め、何を狙っているんだ!」
 円光は、危うく握りつぶされるところだった右手をさすりながら、今死夢羅が出ていったばかりの小さな穴を見上げた。その場にアルファ、ベータ、麗夢、榊らが駆け寄った。
「円光さん、大丈夫?!」
 円光は指を何度か屈伸し、ようやく微笑みを返して麗夢に言った。
「ええ、何とか。それよりも鬼童殿は?」
「そうだ! 鬼童君も助けないと」
 榊はやっと呪縛から解けたかのように鬼童の方に目をやった。鬼童を収めたガラス容器は、死夢羅脱出の衝撃で砕け散り、肝心の鬼童はうつ伏せに倒れてぴくりともしない。
「鬼童君!」
 慌てて駆け寄った三人と二匹は、抱き起こされた鬼童の眉間が苦しげにしわ寄り、うーんとうめき声を上げた事にほっと胸をなで下ろした。
「榊・・・警部、・・・」
 弱々しく目を開けた鬼童は、突然跳ね上がって榊の肩を掴んだ。
「実験は? ルミ子はどうしました!」
「実験は失敗したわ。ルミ子さんならあそこよ」
 麗夢の指さす向こうで、小さな白い固まりが床にうずくまっていた。それを見た鬼童は、すぐに事態が容易ならざる方角に進行しつつあることを直感した。そこにははるかな昔、実験で挫折した時の彼女の姿が再現されていたからである。鬼童は、円光と榊に支えられながら立ち上がり、ゆっくりとルミ子に近づいた。
「ルミ子、どうしたんだ」
「あぁ、海丸・・・」
 鬼童は、自分を見上げたルミ子の顔を見て直感の正しさを理解した。あの自信の固まりだったルミ子が、途方に暮れていたのである。
「海丸、どうしたらいいの? プログラムは完璧だった筈なのに、どうしてこんな事が・・・」
「何があったんだ」
 僅かに躊躇したルミ子の姿は、麗夢、榊、円光も驚くほどにおどおどしく、まるで粗相した子どものようにしか見えなかった。
「もうおしまいよ、海丸。何もかももうおしまいだわ」
「だから、何がどうしたんだ?」
「死夢羅博士が、小惑星を動かしに行ったのよ」
「小惑星?」
「今、地球に迫っているって言う、あの隕石か?」
 榊の問いかけに、ルミ子はこくりとうなずいた。
「元々あれは、死夢羅博士がこのビルの九階にある実験室から、自分の精神エネルギーを増幅して呼び寄せたものなのよ。それを私が軌道修正して海に落ちるようにしたのに、また元に戻しに行ったんだわ」
「あ奴がしていたのは、それだったのか!」
 円光は、一月前を思い出して舌打ちした。あの時死夢羅が何をしていたのか、円光には結局判らなかった。だが、あの気の爆発を思えば確かに虚空の星を一つ動かす位の事は出来そうである。また、榊、鬼童も悪夢を記録した地図の事を脳裏に浮かべていた。あの渋谷に咲いた青い宝石は、その時の悪夢だったのだ。
「いつだ! それが落ちてくるのは!」
 鬼童の強い口調に、ルミ子はおどおどしながらも一時間とかからないだろうと予測を述べた。
「でも、それまで東京は保たないかも知れないわ」
「どう言う事だ」
「将門が、暴走しているの」
 ルミ子は、涙を浮かべながら鬼童に言った。
「将門の精神エネルギーが、こっちの制御を離れて勝手にサイクロトロンの中を走り始めているのよ」
 ルミ子が言い終わった直後だった。そこにいた全員が、何かくぐもったような地鳴りを感じた。徐々に力強さを増しながら、遠くから近づいてくる。と、突然、実験室の緊迫した空気に、一片の瘴気がにじみ込んだ。途端にアルファ、ベータがうなり声を上げたが、榊もまた、ほとんど同時に全身でそれを察知した。一週間前の忌まわしい記憶が、その瘴気に喚起され、瞬間的によみがえったのである。瘴気はゆっくりと、しかし確実にその濃度を増し、榊の恐怖を煽り立てた。円光は、そんな目に見えておびえるように震えだした榊の様子に気がついた。
「榊殿?」
 いかがなされた? と声をかけようとしたその時である。ちょうどサイクロトロンに背を向けていた榊が、まるで見えない手に背広の胸元を引っ張られたかのように、円光の目の前で床に突っ伏した。
「な、何だ?!」
 榊は直ぐさま立ち上がろうとしたが、引きずる力は相当に強く、うまく立つ事が出来ない。
「榊殿、大丈夫ですか?!」
 円光はすぐさま助け起こそうとして、異様に引っぱられた榊の背広に気がついた。瘴気に浸食された室内で、その周囲だけが妙に清浄な気を保っている。というより、何か強力な結界が、瘴気の侵入を拒んでいるかのようである。やがて、瘴気の濃度は更に上がり、榊は倒れたまま四つんばいになって引きずられないよう耐えねばならなくなった。そんな状態が数秒間続き、やがて、少しづつ瘴気の濃度が下がるとともに榊を引きずる力も弱まっていった。やっと室内を支配した瘴気が晴れ、円光の助けで立ち上がった榊は、すぐに胸ポケットに手を突っ込んだ。
「今、こいつに思いきり引っ張られた。この間、首塚の地下で都と一戦した時も、さっきみたいな雰囲気が襲ってきたかと思うとこいつに押しつぶされそうになった。これは一体どう言う事なんだ?」
 榊の手のひらに、青い透明な光を放つ、正八面体の結晶があった。ルミノタイト・アルファ。それは、鬼童の研究室で拾い上げて以来、肌身離さず榊が持っていたものだった。
「今の将門の精神エネルギーに反応して、強力に反発したのよ」
 ルミ子は、榊の疑問に答えて言った。
「ルミノタイトは、霊子に反応して超伝導状態になる時、磁場と一緒に霊場も強力に排除しようとするの。いわば、精神エネルギーのマイスナー効果ね」
 ルミ子の解説にうなずきながら、鬼童は榊からルミノタイトを受け取った。途端にルミ子が後じさった。
「止めて海丸。それをこっちに向けないで!」
「どうした、ルミ子?」
「私の正体は、もう判っているはずだわ。私はルミノタイトに定着した精神エネルギー体。でも、同じ能力のルミノタイトの近くでは、その定着力が不安定になるのよ」
 鬼童は驚いてルミノタイトを再び榊に返した。
「今のが将門だとすると、これからどうなる?」
 鬼童は、およそ答えの予測できる問いをルミ子に返した。
「将門は死夢羅博士をはじき返した後も、サイクロトロンの中を回っているわ。少しずつそのスピードを上げながらね。でも、サイクロトロンは死夢羅博士がさっき壊したわ。だから将門の精神エネルギーがこの室内に漏出したの。つまり、もういつサイクロトロン全体が崩壊するか、判らないのよ」
「保たなくなったらどうなる?」
「暴走した将門がそのエネルギーを放出しながら飛び出してくるわ。想像を絶するエネルギーでね。そうなればもう東京も終わり。文字どおり、東京は消滅する・・・」
 榊の歯ぎしりに、アルファ、ベータが驚いた。榊は、この最悪の事態を避けるためにやってきたというのに、結局何一つ回避できなかった。その侮しさが榊の歯を砕かんばかりに鳴らしたのである。

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