かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

11. 3月23日夜 実験室 その2

2008-03-20 08:25:56 | 麗夢小説『悪夢の純情』
「ごくろうさま、死夢羅博士。もうちょっとで目標に到達できるわ。来週が楽しみね」
「ふん」
 面白くもない、という面もちで、死夢羅はよろける足をいらだたしげに踏みしめ、チューブの突端になる直径二メートルほどの球形ポッドから外へ出た。そこに見慣れた機械群が、整然とした混沌で死夢羅を出迎える。桜乃宮ルミ子の実験室。廃ビルの地下に構築された、一大ハイテクステーションである。ルミ子が前にするワークステーションは、ルミノタイト素子により、速度だけなら世界の限界を軽く一蹴しうる性能を誇る。また、各種センサー類、制御装置群、観測機器の山は、この実験にかけるルミ子の並々ならぬ意気込みを象徴するかのように、最高のコンディションを保っている。全てが、時間をかけて吟味した、最高級品なのである。
 その中でも一際異様な姿を見せるのが、部屋の中央に横たわる、巨大な一本の円柱である。よく見れば微妙に湾曲しているのが見て取れるかも知れないが、これこそ、直径十一・八キロメートル、円周三十八キロメートルの円冠を形作る、ルミノタイト・サイクロトロンの勇姿であった。直径四メートルの空洞は上下二段に別れ、それぞれがびっしり張り巡らされたルミノタイトによって強力な結界を形成する。その中を、百八十度反対方向のベクトルを与えられた二つの精神エネルギーが、円周方向に沿って休む間もなく加速し続け、この、ルミ子の研究室で正面衝突を強いられるのである。光速近くにまで加速された精神エネルギーは、そのエネルギー量を何倍にも膨らませ、反対側から突っ込んでくる別の精神エネルギーと衝突する。その瞬間、自然界では起こり得ない粒子崩壊が発生し、未だベールに包まれた精神エネルギーの粒子的形態、霊子が、観測される筈なのである。あらゆるセンサーによってその性質を調べられた霊子は、ルミ子のスピリトン理論を形作るジグゾーのワン・ピースとして、物理学会に無視できない確固たる地位を刻む事になるのである。
 出迎えを機械達にまかせて、ルミ子は振り返りもせずにキーボードを叩き続けた。死夢羅を背後に置いてこれはいかにも無防備に過ぎる態度のようだが、これがチャンスでも何でもない事は、死夢羅自身が一回目の実験の時に、既に自ら実証した事実だった。
(全く良くできた結界だ。忌々しいが、手も足も出せん)
 死夢羅は黙って乱れた頭髪をおざなりになでつけ、ずり落ちそうなシルクハットをかぶり直すと、自分の控え室へ足を向けた。それを止めたのは、一人の若々しい男の声である。
「ルミ子、これはどうするんだ?」
 驚いて視線を投げたその先に、のりの利いた白衣をぴたりと着こなす、長身の若者の姿があった。死夢羅は一瞬自分の若かりし頃を見ているような気がしたが、それは若者にとっては迷惑な感想だったに違いない。男の名は鬼童海丸。死夢羅とは異なる道を歩もうと心がける、天才科学者である。
「あ、それはそっちの方に放り込んで頂戴。自動的に計算してくれるから、結果が出たらこっちに回して」
「判った」
 鬼童は、ちらりと死夢羅を見ると、何も言わずに少し離れた端末の前に陣取った。
「麗夢も哀れだな。貴様がこの女にたらし込まれたとは」
 無関心を装っていた鬼童の耳が、麗夢という単語にぴくりと動き、その後に続く言葉を鬼童の脳に刻みつけた。その内容を吟味した鬼童は、突然顔を真っ赤にして死夢羅に振り返った。
「人聞きの悪い事を言わないでもらおう。僕は、たらし込まれた訳じゃない!」
「そうよ死夢羅博士。私と海丸は、ずっと昔から相思相愛の中なのよ」
「そうじゃない!」
「今だって、都がいなくなって困ってる私を、わざわざ海丸が手伝ってやろうか、って言ってくれたんだから」
「違う! あれはルミ子が、手伝わないと麗夢さんの命を保証しないって脅したんじゃないか!」
 死夢羅は二人のまるで噛み合わないやりとりをじっと聞いていたが、突然ふんと口元をゆがめると、鬼童に抱きついてにこにこしているルミ子に言った。
「あのばあさんなら、もう消されてるよ」
 ルミ子は、にわかに笑いを収めて、死夢羅を見た。
「どうしてそんな事が判るの?」
「今将門の首塚で、あのばあさんの残存思念を拾った。断末魔だな、あの様子は」
「そんな、一体誰が」
「貴様、あの榊を残しただろう。それが間違いの元よ。ばあさんをやったのは、間違いなく奴だ」
「榊警部が?」
 鬼童のつぶやきにうなずいた死夢羅を、みるみる眉を吊り上げたルミ子が睨み付けた。
「そんな馬鹿な話が信じられますか! 大体、あんな雑念の固まりに一体何が出来るというの?」
 対する死夢羅は、二十日ぶりに余裕と優越感をたたえた皮肉な笑みを浮かべて、ルミ子に言った。
「ふふふ、奴を甘く見ると痛い目を見るぞ。もっとも、貴様を甘く見たわしに言える事ではないがな」
 ルミ子の怒りようがよほど愉快だったのか、死夢羅は楽しげに笑いながら、今度こそ振り返りもせず実験室を出ていった。
「・・・榊警部が・・・」
 憤懣やる方無いルミ子をなだめながら、鬼童はその続きを腹に飲み込んだ。
(警部が頑張っているのか。それなら僕も、諦めている場合じゃないな)
 鬼童は、ようやく怒りを鎮めたルミ子がじゃれつくままにまかせながら、まるで違う方角へと思考を働かせ始めた。

コメント   この記事についてブログを書く
« 11. 3月23日夜 実験... | トップ | 12. 3月28日 榊、目... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

麗夢小説『悪夢の純情』」カテゴリの最新記事