かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

12. 3月28日 榊、目覚める。

2008-03-20 08:26:53 | 麗夢小説『悪夢の純情』
榊が目を覚ました時、個室には見舞いのリンゴをむく、娘のゆかりが一人いるだけだった。ゆかりはよもや全身ミイラ男と化した初老の父が目を覚ますとは思いもしなかったのだが、父の覚醒に気づいた時は、ナイフを持っているのも忘れて飛びつかんばかりに喜んだ。榊は、おいおいと苦笑しながら娘を押さえ、次に、ここは何処だ? と問いかけた。
「病院よ。城西大付属病院。もう五日も眠りっぱなしだったんだから」
「・・・五日、だと?」
 榊は、自分が何故意識不明になったかをゆっくりと思い出した。すると今日はもう三月二八日か。
「こうしてはいられん」
 榊は、ベットから起き上がろうとして、全身を駆け抜けた激痛に危うく精神を再度闇の中に蹴り込みそうになった。よろける榊を、ゆかりは慌てて抱き抱えた。
「馬鹿ね、無茶したら駄目じゃない。まだ絶対安静なんだから」
「だが、安穏とベットで寝ているわけにはいかないんだ」
「でもその身体じゃ歩くのだって無理よ。それよりも一体何があったの? 見つかった時は、お父さんは全身打撲で意識不明の重体だし、助けてくれた幸田さんておっしゃる人も、自分は何があったのかまるで知らないって言うし。第一お父さんがあんなにぼろぼろになるなんてって、刑事さん達も驚いていたのよ」
 娘の疑問ももっともと言えた。確かに身体はまだ榊の意志に対し、明らかに超過勤務の無理を訴えて、激痛によるストライキを構えている。自分の希望が叶えられないと知った榊は、仕方なしに無理を止めて、娘に事の顛末を語りだした。
「そんな、麗夢さんがやられちゃったの?」
 話が鬼童研究室での一幕に及ぶに至って、ゆかりは信じがたいと眉をひそめた。ゆかりは前に、榊への復讐を兼ねた死夢羅の餌食にされかかり、それを麗夢に助けてもらった事がある。また、『夢サーカス』の一件でも、麗夢とともに事件解決に重要な役割を果たしていた。プライベートな面でも親友と呼べる関係を、ゆかりと麗夢は築き上げているのである。
 こっくりうなずいた榊は、更に話を東京地下の激闘に進めて、この怪我の原因を説明した。
「そのルミノタイトって、この石の事?」
 ゆかりは、バックから紫色をした八面体の結晶を取り出した。
「そうだ。だがどうして?」
「お医者さんの話では、お父さんの左胸にめり込んでいたそうよ」
 それからこれも、とゆかりが取り出したのは、茶筅の書類袋だった。厳めしく「警視庁」と表書きしてあるその袋は、警部に渡して欲しいと工藤と名乗る若い刑事が置いていったという事である。ピンときた榊は、ありがとう、と礼を言ってルミノタイトと一緒にその袋を受け取った。榊はついでに、タバコもくれないか、とささやかな要求を口にして、手ひどく娘に拒絶された。
「馬鹿な事言わないで! まず身体を直すのが先決よ!」
 代わりにこれでもどうぞ、と差し出されたのは、今さっきまでゆかりが皮を剥いていたリンゴである。榊は物足りなそうに口に押し込まれたリンゴを噛み砕きながら、袋を開き、中の書類を広げだした。一つは、桜不動産に関する資料、もう一つは、英文で埋まったファックスの束だった。榊はひとまず桜不動産の方は脇に置いて、ファックスの束を読み始めた。その様子に安心したのか、それじゃあ先生を呼んでくるわ、と出ていこうとした娘を、榊は待てと呼び止めた。
「本庁には、私はまだ昏睡状態だ、と思わせておきたいから、しばらく黙っておいてくれないか」
 こんな場合、娘は何故、などと無粋な質問を返しはしない。代わりに言ったのは、もう一人榊の安否を気づかう人物についてである。
「母さんにも黙っておくの?」
「うん。母さんには悪いがどこから洩れるともかぎらんからな。とにかく、決して知られないように注意してくれ」
「判ったわ」
 委細承知とウインクし、軽やかなステップでドアを出ようとしたゆかりは、突然叫んだ榊の声に足を止めた。
「な、そんな馬鹿な?!」
 どうしたの、と振り向いた娘へ、榊は慌ててなんでもない、を繰り返し、早く行くようにと手を振った。不審に思いながらも娘が部屋を出ていった後、榊はそのファックスの中身をもう一度食い入るように見つめて呟いた。
「信じられん・・・。じゃあ一体あれは何なんだ?」

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