かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

16. 旧暦2月14日未明 最後の賭け その3

2008-03-20 08:38:00 | 麗夢小説『悪夢の純情』
 チューブは淡く白い燐光を放って麗夢を迎えた。耳の痛くなるような静寂が、麗夢達の足音を瞬く間に吸収してしまうようである。麗夢は小走りに十数メートルを駆け抜け、分岐点にたどり着いた。この先は、円周三八キロメートルのサイクロトロン本体である。麗夢は少し様子をうかがうように先をのぞき込み、閉まらなかったという左手の遮蔽壁を確かめた。
「これじゃあ閉まらないはずだわ。アルファ、ベータ、やっぱり私たちで将門を止めないと駄目なようよ」
 それは、死夢羅の怒りを一身に受けたように、跡形もなく吹き飛ばされていた。アルファ、ベータもそれを確かめてにゃんわんとそれぞれに答えたが、その音色が微妙に震えるのは抑えられなかった。研究室で浴びた将門の洗礼は、麗夢を守って幾度となく死線をくぐり抜けてきたこの二匹でも、敗北必至を覚悟するしかなかったのである。その思いは麗夢も同じであった。正面からぶつかりあえばこっちが消し飛ぶ事は、鬼童に言われるまでもなく目に見えている。しかし、ほんの一瞬、瞬きもできないくらいの瞬間でいい。将門の足を止めることが出来れば、将門の精神エネルギーはより動きやすいほう、すなわち研究室出口に向かってそのベクトルを変えるだろう。それは一人では絶対不可能に違いないが、この、最も信頼おけるパートナー、アルファ、ベータと一緒なら、無茶は無茶なりに何とかなる! と麗夢は思うのである。こうして麗夢がかつて遮蔽壁のあった場所に立ち、二頭がその前に並んで間もなく、無音の圧迫感が麗夢と二頭を押し始めた。
「それじゃあ、アルファ、ベータ、最初からフルパワーで行くわよ!」
 麗夢が呼びかけると同時に三体はそれぞれの気を高ぶらせ、まばゆいばかりの光に包まれた。それを待っていたかのように、はるか奥から研究室を席巻した暗黒の気が襲いかかった。それは麗夢達の光を食らい尽くすかのようにチューブの中を充満し、巨大化したアルファ、ベータ、そして輝く長剣を手にした夢の戦士、ドリームハンター麗夢の視界を奪い取った。
「気を合わせるのよ! アルファ! べータ!」
 麗夢は一段と気を高め、力の全てを手にした霊剣の一点に集中させた。そこへ更に、アルファ、ベータの気が集まった。それをも練り合わせて、麗夢は限界まで気力の全てを凝縮した。
「行くわよおっ!」
 麗夢は、叫びながら剣を一気に鞘走らせ、その力を解放した。爆発釣な気がその切っ先から奔騰し、全てを黒く染めつつあった闇の気が、その勢いを受けかねて雪崩を打って後退した。
「まだ気を抜いちゃ駄目よ!」
 麗夢は、後退した闇を透かして、じっとその先を凝視した。するとどうであろうか。一端後退した闇が再びじりじりと麗夢達ににじり奇り、暴力的な圧力が、麗夢、アルファ、ベータの身体を押し始めた。同時に一段と強い瘴気が、その生温かい舌で全員の顔をなで上げる。麗夢は、ぞっとする間もなく全身が恐怖に固まるのを必死でこらえ、現れたそれに対峙した。視覚は、この時数本の頭髪をへばりつかせた、チューブ一杯の巨大なしゃれこうべを捉えたに過ぎなかった。恐ろしくない、とまでは言わないが、彼等百戦錬磨の心を奪うほどの迫力とは言えないであろう。しかし、本当の恐怖は目に見えない部分にこそあった。しゃれこうべを中心にした膨大な気の固まりは、対する者の心へ直接その嵐のような怒りを打ち込んだのである。神仏や悪魔すら許さない絶対の破壊衝動が、見る者全ての恐怖感情を一瞬で過飽和させた。更に一歩しゃれこうべが近づいたとき、極度に密度の高まった破壊衝動が、実体化した衝撃として麗夢達を襲った。妖気が絶対零度の氷の刃に変化して、超高速の弾丸となって飛来したのである。麗夢をかばうように前に出たアルファ、ベータは、無数に降り注ぐつららの前に瞬く間に全身を切り裂かれた。
「アルファ! ベータ!」
 思わずかける麗夢の声にも、二頭の巨大な獣達は反応する暇が得られない。全身朱に染めながらも、牙をふるい、爪を走らせて、少しでも主人に飛ぶつららを叩き落とそうと吼え哮る。だが、二頭の奇跡的とも言える奮闘ぶりにも関わらず、麗夢もまた、たちまちにつららのつぶてに包まれ始めた。麗夢は剣を縦横に振るって氷をはねとばしたが、数秒後には右肩のプロテクターが砕け散り、左の太股から鮮血が飛び散った。ドリームガーディアンとしての霊的なガードも、この苛烈な攻撃の前には薄紙一枚の役にも立たない。更に数秒する内にまずアルファががっくりと前足をつき、続けてベータもまた、力を失って地に伏した。途端に倍加したつららの攻撃に、麗夢の左肩、胸、膝のプロテクターがほとんど同時にちぎれ飛んだ。無数の切り傷が露出した腕や足を埋め尽くし、逃げ遅れた髪の毛が無言の悲鳴を上げながら永遠の別れを告げていく。自分の鮮血に染まった手も、柄を握る力を急速に失いつつあるようだった。
(もう、・・・駄目か・・・)
 それは、数千分の一秒程な時間だったかも知れない。秒速百メートルで突進してきた恐怖の固まりに呑み込まれ、限界に達した麗夢が意識を失いかけた瞬間、最後まで頑張り続けた目が、ほんのわずかだけ右に首を傾げたしゃれこうべを捉えた。途端に全身を蜂の巣に変えようとした無数のつららの弾丸が、倒れこんだ一人と二匹の前で一瞬にして姿を消した。
(・・・勝った・・・??・・・)
 麗夢は、勝利の確信を意識し得たのかどうか、記憶もあいまいなままに気絶した。その後、麗夢がこの記憶を取り戻せるかどうかは、ひとえに研究室で待つ鬼童の双肩にかかる事になった。

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