かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

06リセットハンマー その2

2010-07-18 22:15:13 | 麗夢小説『夢の匣』
その痩せた後姿を追いながら、サカキ少年は何故自分が「死神」の言うことを聞いてついて行ってるのか、という疑問をふくらませていた。
 担任の綾小路先生に言われるのならまだ判る。サカキ少年が思うに、見ているこっちが危なっかしくてしょうがない位、綾小路先生は1年経っても新米臭さが抜けない。だから、しょうがないな、とばかりに思わず助けてあげたくなる。
 今日のカエル事件でも、サカキ少年は真っ先に我に帰り、先生の失敗は自分達が助けてあげなければ、と思う一心で、迷わずカエルが飛び出した窓から外に出ようとした。それなのに、こんな遠くまでカエルの逃亡を許したのは、
「サカキ君! 窓から出ちゃ駄目! それにちゃんと靴を履き替えなさい!」
 と、緊急事態にもかかわらず、健気に普段のルールを口走る担任の先生の言葉がサカキの耳に飛び込んできたからだ。いや、それでも普段ならそんな制止は簡単に降りきって飛び出したかもしれない。本質的に天邪鬼で唯我独尊なところがあるサカキ少年としては、そのほうが自然な行動と言えた。それが思いとどまったのは、思いとどまらせた当の本人が、タイトなミニスカートも顧みず、サカキ同様思わず窓から身を乗り出そうとしながら、はっと顔色を変えてこちらをにらんでいたからだった。その姿を目の当たりにして、さしものサカキも、全くしょうがない先生だな、と思わず苦笑してしまったのである。そして苦笑したまま、「みんなそのまま待機してて! 先生捕まえてくるから!」と改めて実験室の出入口から飛び出して行った担任を追って、ここまで付いてきたのだった。
 それなのに、どうして今はこの教頭の背中を追うことになっているのか。
 綾小路先生、一人で本当に大丈夫なのだろうか? とサカキは不安も覚えた。
 幾ら部屋の中に追い込んだからといって、何匹かのカエルをあの頼りない先生が一人で全部捕まえられるのだろうか? 俺が行って助けてあげないといけないんじゃないか? サカキは何度も考え、そのたびに思わず引き返したくなった。
「綾小路先生なら心配いらん! それよりちゃんと付いて来い!」
 ところが、まるでサカキの胸の内を読んでいるかのように、タイミングよく目の前の「死神」が声をかけてきた。これでは問題児サカキシンイチロウでもなかなか離脱はしにくい。結局、後ろにつくキドウ、エンコウと一緒に、教頭先生の後を懸命に追うよりしょうがないのである。
「こっちだ!」
 薄暗い部室棟の一番奥まで走ってきた教頭が、一声鋭く左に舵を切った。上下に階段があるその角を曲がり、一段と暗い下り階段に向かって、教頭が走り降りていく。その暗さに、思わずサカキの足が止まった。
「付いて行くの? サカキ」
 不安げな声で呼びかけてきたのは、ここまで黙って付いてきたキドウだった。
「綾小路先生に聞いたほうがいいんじゃない?」
 隣のエンコウも、いかにもやめたほうがいいんじゃないか? とばかりに、難しい顔をしてサカキに言った。
「でも、カエルはどうする?」
 サカキは言葉を返しつつも、内心、その意見にはうなずいていた。先生が連絡も取れないほど遠くにいるならともかく、すぐそこの部屋にいることは分かっているのだ。
「先生だって、一人であのカエルをちゃんと捕まえられているかどうか……」
 キドウの言葉は、まさにさっきまでサカキが考えていたことでもあった。
「判った、一度先生に聞いてみよう」
 サカキは今度こそ踵を返そうとした。
「なにをしておる! 早くこんか!」
 突然、教頭の叱責が階段を木霊し、サカキ達の心を鷲掴みにした。再び3人で目を見合わせる。
「急がんか! バカ者共が!」
 だが、もう一度更に強い叱声が飛んだ時、自然に3人の足は、下り階段の方に向かっていた。漠然と強まりだした不安も、「死神」の怒りへの恐怖には勝てない。
「こっちだ!」
 ほぼ一階分降りたところで、教頭が薄暗くカビ臭い廊下の奥から声をかけてきた。サカキ、キドウ、エンコウは、こわごわながらもその声を追って廊下を走った。
「そうだ、そのまま走って付いて来い!」
 冷たいセメント張りの廊下は電灯が付いているわけではない。また、どこからか地上の光が差し込んでいる、というわけでもない。しかし、不思議と真っ暗の闇にはならず、ぼんやり薄暗いままの状態が続く。さすがに気味が悪くなってくるサカキ達だったが、と言って今更戻るわけにも行かず、ただ必死に先を行く教頭先生を追いかけた。
 やがて、サカキは足元がコンクリートでは無くなったことに気がついた。薄暗いのではっきりしないが、靴裏の感触は、まるで土の校庭を走っているかのようなザラツキ感を足に伝えている。ふと気づくと、3人並んで走るのが苦になるほどに狭苦しいはずの廊下が、いつの間にか広がって、ちょっと手を伸ばしたくらいでは壁が触れなくなっていた。そんな中、先を走る「死神」の姿だけがぼんやりと浮かんで、早く来いとこちらを急かしている。その背をひたすら追うサカキ達は、いつしか熱に浮かされるように、ただ無心に足を動かしていた。なんだか足元が心もとない。まるでふわふわと柔らかな雲の上を走っているような感覚に、3人の意識がぼおぅと呑まれていく。
「いーい塩梅だ。そのまま、そのまま急げ。もうすぐだぞ!」
 遠く先を走るはずの教頭の姿が、時にすぐ側まで寄り、時に後ろから追うかように見え隠れし、前後左右遠近も構わず語りかけてくるように感じられる。それがどれだけ続いたか、時間すら分からなくなってきた頃、ようやく「死神」の足が止まった。
「ようし、着いたぞ。さあ、起きるがいい!」
 ぼんやりとした頭で、サカキは足元にバンザイの姿勢でうつ伏せで倒れている大柄な男を見下ろした。クタクタのレインコートをまとい、顔中覆うような髭が、半分以上土にまみれている。
 エンコウもまた、自分の足元に伏している男の姿を見た。頭はつるつるで一本の毛もなく、墨染の和装に身を包んでいるが、半分だけ見えるその顔は案外に精悍で若々しい。
 キドウも同じく、一人の男の傍らに立っていた。瀟洒なスーツが土にまみれ、腕時計にしてはやけに大柄な機械がその左腕でチカチカとLEDを点滅させている。
 3人は同時に思った。
 これは、誰だろう?
「待って! その人に触ったら駄目っ!」
「離れろ! みんな!」
 その時、サカキ達がやってきた薄暗い闇の向こうから、少女然とした児童が3人走ってきた。サカキ達もよく知るクラスメイト、纏向琴音、斑鳩星夜、眞脇紫の、少女二人と少年一人である。肩で息を切らすその3人を迎えて、サカキ達同様、漆黒のマントを纏う、やたら「死神」によく似た男の傍らに立つ教頭先生が、凄みのある笑みを浮かべて言った。
「遅かったな。だがもう茶番は終わりだ。貴様らの悪夢、覚まさせてもらうぞ」

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