かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

3.百鬼夜行 その1

2008-03-30 12:31:50 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平成京都編』
 深夜2時。
 今年の秋は平年より暖かいと気象庁は言っていたはずだが、と榊は身震いしてコートの襟を合わせた。ここまでは酔いで火照ったせいもあってそう気にならなかったが、それも醒めて来るとかえって身にしみて寒さが厳しく思えてくる。顔をしかめた拍子に思わずくしゃみした榊の隣で、人なつこいつぶらな瞳が心配そうにのぞき込んだ。
「大丈夫ですか、榊さん」
「ええ、大丈夫です」
 榊は答えながら、なぜ自分はこの男と一緒にいるのだろう、とさっきから考え続けていた疑問をまた脳裏に浮かべた。決してこの男が好ましいわけではない。むしろ、敬遠したい質の輩なのだ。だが、どうしても振り切る事が出来なかった。
「あ! 今どうして僕と一緒にいるんだ、って自問自答してましたね!」
 榊は笑顔でのぞき込む男の顔をまじまじと見つめ、それが事実である事を男に悟らせた。
「まあ榊さんにはとんだ災難だったでしょうけど、やっぱりそのあたりをちゃんと教えて貰うまでは付き合っていただかないとね」
 男の名は浦辺貴之。年は三〇位の、榊より頭一つ低い背と榊の恰幅と変わらない横幅を持つ脂肪分豊かな男である。職業はフリージャーナリスト。主に超常現象を扱う雑誌を舞台にしている。そんな男がわざわざ京都くんだりまで来て榊に構うのは、もちろん理由があった。
「しかし榊さんもなかなか口が堅い。僕がこんなに取材に苦労したのは初めてですよ」
 屈託のない笑顔の奥で、人の心を見透かすもう一つの目がどん欲に輝く。
「君のしつこさも表彰ものだよ」
 榊は苦笑しつつも、いつまで自分が口を閉じていられるか、だんだん怪しくなってきている事を自覚していた。いっそ何もかもぶちまけてしまった方が気が楽になる。この男といると、少しずつそんな気が高ぶってくるのである。
 榊がそれに耐えているのは、東京渋谷にいる一人の少女の事を思えばこそである。だが、今にして思えばあの時自分も麗夢さんに記憶を消して貰うんだった、と榊は思わずにはいられなかった。夢隠村の事件。あの事件に関わったばかりに、自分は今この男につきまとわれているのである。
 現場で自衛隊のなれの果てが煙を上げているのを見ている時、これはやっかいな事になるぞ、という自覚はあった。多分自分が矢面に立つのだろうと言う事も、一応は予測していた。何しろ自分は正規の出張を取って、仕事でここにやってきた警察官だ。自衛隊だけじゃない。現職警官だって、かわいそうに一人智盛の刀の露と消えている。故に、これほどの大惨事を前にあとで知らぬ存ぜぬが通じるはずがない事くらい、榊には当然判っていた。だから、少しでもその問題を簡単にしておこうと、麗夢や円光の助力を仰ぎ、生き残ったもう一人の部下や、美衆家の子供達の記憶を消して貰ったのである。一人、いつの間にか姿を消した鬼童海丸と言う若者は逃がしてしまったが、それを除けば事後処理としてはまず満足できる結果だったと、その時は思った。万一のため自分は記憶を残して置いて貰ったのも、その時は正しい事だと思ったのだ。
 それが飛んだ間違いだった事に気づくのには、ほんの48時間もあれば十分だった。
 もともとガードが堅く、駐屯地という神聖不可侵の領域を持つ自衛隊は、徹底した秘密主義を貫いた。当該部隊とその部隊の所属する駐屯地では外出をいっさい禁止し、聞きたい事があるなら東京・霞ヶ関へ行け、と言うきり、言葉など忘れたように沈黙を貫いたのである。もちろん東京でも、マスコミが聞きたい事をしゃべる者は一人もいない。それなら現場だ、と意気込んで乗り込んだ大取材陣も、自衛隊によって厳重に固められた現場演習場と夢隠村の頑なな村民気質、それにこれはもちろん知る由もないが、麗夢達によって行われた記憶操作によってほとんど何の土産もなく帰るしかなかった。
 こうなってくると、にわかに脚光を浴びるのが榊である。
 現役の警察官として当該現場にあり、一部始終を目撃したに違いない人物。もちろん警視庁も箝口令を敷いて榊をかばったが、完全に世間から隔絶してもやっていける自衛隊と違い、警視庁のガードには限界があった。「何も見なかった」という公式見解も事態の沈静化にはあまり役に立たず、その日から、榊は行く先々でマスコミに追い回される戦いを強いられたのである。警視庁がその必要もないのに榊へ京都出張を命じたのは、そんなマスコミから榊を守る苦肉の策でもあった。
 幸い防衛庁や政府主催の学術調査団により自然災害説が定着したため、テレビ局、新聞社や出版社系雑誌などいわゆる大手のマスコミは榊の周辺からすでに去りつつある。しかし、その一方でフリージャーナリストと称する輩が、榊の元を訪れるようになってきた。中でも熱心だったのが、いわゆる超常現象を売りにする連中であり、中には榊が過去に扱った死神死夢羅の事件などをほじくり返して迫る者もあった。現役警察官として、そういった連中は全て丁重に玄関払いした榊だったが、一人、どう追い払ってもつきまとう男がいて、榊を弱らせた。それが、この浦辺貴之である。その矢先の京都出張ときて、榊は二つ返事で準備もそこそこに新幹線へ飛び乗ったというのに、今日、ばったりとその男に京都の繁華街で出くわしてしまったのである。浦辺は榊を目ざとく見つけると、つぶらな瞳をまん丸にして、喜びで身体を揺すりながら榊に近づいてきた。一瞬榊は逃げ出そうか、と思ったが、結局乞われるままに飲食を共にし、浦辺の語る豊富な話題に引き込まれつつ、深夜の京都を南へそぞろ歩いていたのである。

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