かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

1.夢隠村 その2

2008-03-30 12:33:22 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平成京都編』
「夢・・・。夢の種?」
 なぜこんなものに測定器が反応したのだろう? あるいはこの種ではなく、袋の方に何かあるのだろうか? 改めて確認しようとした鬼童は、やがて己れの不運に舌を打った。ペンライトの光が急に暗くなり、測定器の表示が見えにくくなったのだ。ペンライトのバッテリー切れだった。こうなってはとにかくまず外に出なければならない。入った時は既に夕方だったから、外はもう夜の帳が下りているだろう。このまま暗やみでペンライトが切れてしまったりしたら、出口も分からないまま遭難してしまいかねない。
「しょうがない。とにかくこれを詳しく調べてみるとしよう・・・」
 立ち上がった鬼童が、ペンライトの弱った光を出口に投げ掛けたその時。

 白い、血の気の失せた顔が、闇の中にぼうと輪郭を滲ませながら浮かんでいた。その目は、恐怖に引きつった最後の時を瞬間凍結したように見開かれ、口も、大きく無音の絶叫をこだまさせている。
 智盛によってはねとばされた美衆恭子の首。
 肉体と永遠の別れを告げたはずのその首が、何を思ったか一人虚空へ浮かんでいるのだ。鬼童は全身総毛立つのを実感しながら、じっと首の様子を観察した。
「誰だか知らないが、悪趣味ないたずらは止めていただこうか」
 すると、白い首が不意に左右に揺れ、糸が切れたのか、すとん、と地面に落ちた。その後から、また白い首が闇から滲むように湧いてきた。
「ふむ、肝だけは中々に太いと見ゆる」
 白い顔は無表情に鬼童に言った。声からするとかなり若い感じがするが、どうもどれほどの年令なのかよく分からない。だが、表情や年令が分からないのは、どうやら鬼童のライトが弱っているためではないようだった。よく見れば、その男の顔は異様に白く輝いている。眉もなく、唇まで白いせいだと鬼童も気が付いた。どうやらこの男は眉を剃り落とし、顔を舞妓のごとく白粉で固めているらしい。そのくせ口の中がやたらと黒いのは、おそらくお歯黒でもしているのだろう。衣裳は時代劇でしかお目にかからない直衣という和服であり、ご丁寧に頭には大きな烏帽子を乗せている。歴史には疎い鬼童も、それが昔の貴族の格好である事ぐらいは見当がついた。
「智盛は遥か過去へと帰りましたよ。君が誰かは知らないが、少し出てくるのが遅すぎるんじゃないか?」
「あほう。智盛卿が退去あそばされたがゆえに我はこうしてやってこれたのではないか。それよりも、その方が持つ錦の袋を、我に持て参れ」
「なに?」
「それはそちのような下賎の者が手にしてよい品ではない。見事捜し出した功を賞してこたびは特に許してつかわすゆえ、まずはそれを我に渡すのだ」
「渡さなければ、どうなる?」
「その女の後を追う事になるのう」
 にい、と唇の端が吊り上がった。真っ黒な歯が、獰猛な肉食獣の牙よりも恐ろしげにこぼれて見える。ここは観念するしかないか。そう思い定めると、鬼童は手の平の種子を袋に戻し、その貴族趣味の男に差し出した。
「殊勝殊勝。そのように素直であれば、我もいらざる苦労をせんで済む」
 満足気に優越感をひけらかす目元の緩みを観察しながら、鬼童は言った。
「あなたのお名前をうかがっておりませんでしたね」
「ふん、下賎の者が、あらゆる夢を守護する夢守の大君、森羅万象を統べる真の王たる我が高貴なる名を知りたいとは、片腹痛いわ」
 夢守だって?!
 鬼童は初めて驚愕をあらわにして、白い顔を凝視した。男は、鬼童が恐れ入ったもの、と勘違いしたのか、勝ち誇った高笑いとともに鬼童の視界から姿を消した。高笑いのこだまもとぎれ、その気配が完全に無くなるまで待って、鬼童はほっと肩の緊張をほぐした。
「とんだ「大物」が現われましたよ。さて、どうしたものでしょうね」
 信じられない、と言うように引きつった顔は、まるで鬼童の困惑をあざ笑うように無音の叫びを鬼童に叩きつけた。改めてため息をついた鬼童は、苦笑いしながら別れを告げた。
「さようなら、恭子さん」
 と、一言おいて一段と暗くなったペンライトを出口に向けたその時だった。またしても計測機が、焦る鬼童の足を引き止めた。
(まだなにかある!)
 鬼童は再びしゃがみこんだ。ライトに、もう少しだけ頑張ってくれ、と励ましの祈りを捧げながら、少しずつ舐めるように砂金を照らし上げる。すると再び、砂金の金色とは異なる色合のものが鬼童の目にとまった。
「何だ、これは?」
 鬼童は、さっきよりもはるかに慎重に、それを恭子の血で濡れた砂金ごとすくいとった。大きさはせいぜい二ミリか三ミリくらいだろう。ライトの光に浮かび上がるそれは、さっき姿を消した貴族の顔のように真っ白で、透き通るような艶を持った小さな粒であった。よく見ると、上側に二本の角を突きだしたような小さな突起が付いており、その先端に、さっき袋から取りだした種とよく似た、殻のようなカケラを付けている。鬼童が、ひょっとしてあの種が芽を出したのか、と思いながら測定器のセンサーを近付けると、たちまち表示板の数値が桁違いに跳ね上がった。鬼童は静かな興奮を覚えながら、その白い肉のような小さな粒をサンプルビンに入れた。
「さて、どうしたものか」
 立ち上がった鬼童は、サンプル瓶を懐にしまい、出口を求めて歩き出した。いまさら城西大には戻れない。さりとて差当り他に行く当ても・・・、と考えるうち、鬼童の脳裏に一人の男の顔が浮かび上がった。
「このサンプルの事も調べなければならないし、この際あいつを頼ってみるか」
 鬼童は一人つぶやきながら、この夢隠村から最短時間で京都まで行くにはどうしたらいいか、日本地図を頭に浮かべて考え始めた。

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