かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

09 神勅 その1

2010-10-31 10:51:18 | 麗夢小説『夢の匣』
 闇に沈み、闇に埋もれていく。肉体が、精神が、魂が、存在の全てが負に犯され、呑まれ、消化されていく。最後に残された夢のネルギーが尽き、戦士の衣装がバラバラとほぐれ、瘴気渦巻く暗黒の虚空へと飛び散っていく。入れ替わるように、肌を刺す冷気と身体がバラバラになりそうな痛みが全身を間断なく襲う。だが、それもそう長く続くことはないだろう。文字通り矢尽き刀折れ、戦う力を失った戦士には何も残らない。このまま闇に溶け、消滅するより道はないのだ。
 その消滅までの刹那の間、最後に残されたのは、侮恨と諦観、そしてたった一言の、けして届かぬ思いだった。
「……世界を、守れなかった……」
 今にも消え行こうとする瞳から、一滴の涙が溢れた。
「ごめんなさい……みんな……」
 すうっと瞳に灯る最後の光が薄れていく。全身の感覚が朧になり、意識が涙と共に抜け落ちていく。だから、時の終わりの最後の最後になって耳に響いたのは、単なる幻だったのかもしれない。
『一言謝ったくらいで許されるとお思いなの? 麗夢さん』
 麗夢の意識は、その直後に襲ってきた強烈すぎる凝集した闇の力に、もろくも消し飛んだ。だがそれは、不思議なほど恐怖や嫌悪を伴わない、不思議な爽快さをもたらす失神でもあった。

 麗夢を葬り去り、この世に残る全ての抵抗を排除したルシフェルは、意気揚々として麗夢が沈んでいった闇の中心に降り立った。かつてない力の漲りが全身を震わせ、体中を凄まじいエネルギーが駆け巡って、どす黒い欲望を高らかに歌い上げている。永遠とも思えた光と闇の闘争が、今、まさに闇の勝利に終えようとしていること、そして、その立役者が間違いなく自分であることを実感し、ルシフェルは、その喜びを吠え猛りたくなる衝動に駆られた。来るべき新世界、この世の全てを終焉へと導くカウントダウンが始まったのだ。もう引き返すことは出来ない。神でさえ、この滅びの時を留める術は無いに違いない。刻一刻と不気味に力を増す地獄の闇が、ルシフェルには喩えようもない魅力あふれる美の結晶にすら見えた。もうすぐだ。もうすぐ夢がかなう。もうすぐ!
 ルシフェルが、ついに我慢しきれず、両手を大きく上げてその感動と暗い喜びの咆哮を、闇に向けて解き放とうとした、その時。
 しゅるっとかすかに切り裂かれた空気の悲鳴が耳を付いたかと思った瞬間、ルシフェルは、自分の身体を拘束する、何本ものタコの足のような触手に目を見張った。
「な、なんだこれは?」
 視線を左右に投げ、すぐにその触手が、足元の闇の中から伸びてきているのに気がついた。これが、今迫り来ているはずの、地獄の使者達の先駆けなのか? それなら、地獄の釜の蓋を開けた功労者たる自分が、どうして拘束されるのか? 
 ルシフェルは訳が判らなかったが、咄嗟に危険を感じて、その触手を強引に引きちぎろうと力を込めた。だが。
「なんだと? な、何故外せん?」
 玉櫛笥によって増幅され、更に今は無限に闇の力の供給を受けてまさに無限大の力を行使できるはずの自分が、この程度の触手の拘束を力づくで解き放てないなど、およそルシフェルには考えられない事態であった。そのうちにも触手は本数を増やし、柔らかくも強靭な弾力を示して、ルシフェルの肉体をがんじがらめに締めつけてくる。
「ええい! 何だというのだ!」
 ルシフェルは振りほどくのを一時諦め、洞窟の天井目掛け飛び上がった。とにかく触手の本体を吊り上げ、相手の正体をつかもうとしたのである。そこへ透明度ゼロの静かな水面のような闇の中から、新たな物体が次々とルシフェル目がけて飛び掛ってきた。
「な、なにぃっ?!」
 触手が急に解かれた途端、飛来した八つの物体、あの忌々しい夢の中で、散々な目にあわされた記憶も生々しいミサイルが、ルシフェルを八方から包みこんで、いきなり爆発した。
 濛々と爆煙が充満し、火薬の刺激臭が鼻をつく。あの時の夢と違い、脅威的なパワーアップを実現した今のルシフェルは、爆発の中心にいても、さすがにカスリ傷一つ負わなかった。だが、その内心の動揺は、夢の中で翻弄されていた時を超えるものがあったかもしれない。
 何故自分が地獄の方から攻撃を受けねばならないのか。それにあの触手とこのミサイルは何だ? これではまるで、粉微塵に砕いてやったあの土人形共が復活しているかのようではないか。いや、そんなことはこの際どうでも良い。それよりも問題なのは、今浮上しつつあるモノの正体。あれは、地獄の蓋をこじ開けた自分を言祝ぐためにやってくる地獄の使者ではなかったのか? 
 全身に圧力となって感知される膨大な闇の力。渦巻く怨念と憤怒のパワーは、間違いなく自分の波長と同調する。なのに、なぜ?
 混乱するルシフェルに再び触手が襲いかかり、ミサイルが白煙をたなびかせながら、闇の中から次々と飛び出てきた。ルシフェルは訳がわからないままとにかく飛び続け、ついさっき、麗夢が立っていた闇の池のほとりに降りると、迫り来る触手とミサイルをきっと睨みつけた。
「ええい! いい加減にせんか!」
 ルシフェルの苛立ちが物理的な力となって迸った。ルシフェルを囲む直径3m程の精神力場がバリアとなって触手を弾き返し、ミサイルもその境界面で爆発四散する。はあはあと息も荒く当面の脅威を排除したルシフェルは、今自分が立っていた闇の池の中心に目をやって、あっと息を飲んだ。ミサイルの爆煙が薄れいく中、闇を割って浮上してきたもの。禍々しい瘴気を放ちながらも一種荘厳な神々しささえ覚える地獄の使者達の姿に、ルシフェルは言葉を失ったのである。
 その中央に立つ少女が、ずりかけた眼鏡をついと右手で直すと、朗々とルシフェルに語りかけた。
『我ら黄泉の国の支配者、黄泉津大神(ヨモツオオカミ)に仕える4人の巫女なり。汝(いまし)、異国の神に大御神の神勅を賜る。謹んで受けられよ』
「ちょっと待て! 何だ貴様らは! 何故貴様らがここに出てくるのだ! それにわしを神だと? たわけたことを言うな。虫酸が走るわ!」
 ルシフェルが叫ぶのも無理はなかったかもしれない。今ルシフェルの目の前で、4つのペアを作る大小8人の少女達(内一人は?)。南麻布女学園の制服を纏う8人のうち、小さい方の4人は、つい今しがた、自身の手を下して葬り去ったばかりの者達なのである。それに大きい方4人も、直接の面識はないながらも、その素性は十分過ぎるほど知っていた。
 原日本人4人の巫女。
 玉櫛笥を継承しながらもそれを使わずに闇の皇帝のような化物を使って麗夢に挑み、返り討ちにあって封印された、という、ルシフェルに取っては間抜けとしかいいようのない4人組の少女達なのだ。
 荒神谷弥生・皐月。
 纏向静香・琴音。
 眞脇由香里・紫。
 斑鳩仁美・星夜。
 ルシフェルの叫びに、8人の少女?は、一様にうんざりした顔を見せた。
「少し黙って聞いて下さらないこと? まだこの言葉使いには慣れていないのだから」
「年寄りって気が短いからイヤよねぇ」
「神様でいいじゃない。こっちでは悪魔だって禍津日神(まがつひのかみ)ってちゃんと八百万(やおよろず)の一柱として数えるんだよ? 知らないの?」
「全く、これだから夢守の民って奴は……」
 メインの4人が口々に溜息をつくと、その隣の小さい方も元気よく姉をけしかけた。
「弥生お姉ちゃん! あんなわからず屋、懲らしめてやらないと聞く耳もたないよ!」
「そうだな。日登美ねえ、もう一発かましてやったらどうだろうか?」
 ツインテールの小柄な少女、荒神谷皐月と、制服の袖口からニョロニョロと触手をのぞかせている斑鳩星夜が口々に言うと、纏向琴音、眞脇紫の二人も熱心に頷いている。ルシフェルは、珍しく頭痛と目眩を覚えながらも、8人に言った。
「ええい質問に答えんか! 何故、今ここに! 貴様らが現れるのだ! 地獄の使者はどうした! どこに居るのだ!」
「だからぁ、目の前に居るじゃない」
 ?
 纏向静香の間延びした口調に、ルシフェルの視線が固まった。
「わっからないのかな~? 私達4人が、その地獄ってやつ? の使者だって」
 ???
「最初に名乗ったでしょう? 聞いていらっしゃらなかったの?」
 斑鳩仁美があっけらかんと答え、続けて荒神谷弥生がもううんざり、と言わぬばかりにルシフェルを見据えて言った。
「我ら黄泉の国の支配者、黄泉津大神(ヨモツオオカミ)に仕える4人の巫女なり。どう、理解出来たかしら?」
 ようやくルシフェルは、今目の前で起こっている異常な事態を飲み込みだした。だが、疑問ばかりが募る。自分は、何か重大な過ちを犯しているのではないか? ルシフェルは、その疑問のままに目の前の少女達に言った。
「ど、どういう事だ……。この闇は、地獄に直結しているのではないのか?」
 すると荒神谷弥生が、腕を組みつつため息一つついて答えた。
「ここは八百萬の神々が統べたもう大八洲(おおやしま)。その天界は高天原。地獄は黄泉の国。どうもあなたが繋ぎたかった地獄とは、少し違うんでしょうね」
「違う? 地獄とは違うというのか?」
「こんなところで地獄との通路をつなごうなんてするからだよ」
 「キリストの神も仏教の仏様も、この大八洲では八百萬の神々の一柱なのぉ。あなたの望む地獄も、我が黄泉の国には、ほんのわずかばかり、一要素として混じっているには違いないけどね~」
 眞脇由香里と纏向静香に口々に言われ、やっとルシフェルも疑問が解けてきた。なるほど、地獄は地獄でも、この極東の片田舎で原始的なアニミズムによって形作られた地獄を自分は呼び出してしまったわけだ。だが、今この闇の影響を受けて漲る自身の力の程を見れば、それほど間違った選択でもなかったはずだ。
 気を取り直して、シフェルは言った。
「少しでもわしの望む地獄とつながっていればよい。ここを通路にして、わしの地獄を引き出せば良いこと。さあ、協力してもらおうか黄泉の国の巫女共よ」

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