かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

素晴らしい映画を撮られるのでしょうけれど、観たことも無く観たいとも思わない作品作りを仕事にするのはどこか間違っているような気がします。

2020-10-22 21:51:56 | Weblog
 今朝の奈良市アメダスの最低気温は17.2℃、昼の最高気温は22.1℃、五條市アメダスの最低気温は15.4℃、最高気温は22℃でした。今日は朝のうちは青空と雲がせめぎ合うような晴れ間もあって本当に今日中に雨が降るのか? と首を傾げていましたが、午後4時前にはぼつぼつと大粒の雨が降り出してきました。ただ、本降りと言うには勢いに欠け、車で走っていてもワイパーを間欠に動かしていれば特段視界を妨げることもない位の雨脚でした。ただ今夜から明日にかけては場合によっては少し強く降って雷も鳴るかもしれないという予報が出ています。午後10時現在、まだ雨はそれほど強くなく、辛うじて窓外の雨音が聞こえるかどうか、という程度ですが、真夜中に雷の音で目が覚める、というようなことにはならないように願いたいです。

 さて、快進撃を続ける劇場版「鬼滅の刃」は色々なところで話題になり、影響が波及しているのが今までの映画やアニメにない現象のようで実にその様子が面白いのですが、今度は映画界からなんとも言えない意見がでているみたいです。
深田晃司という海外の芸術系映画賞を色々受賞されている映画監督が、鬼滅の刃の成功について、「大資本が強固なネットワークを駆使したから」と、あたかもお金をかけたから成功したと言わんばかりの話をネットに公開されていました。そのような日本映画の慣習には「映画文化の多様性を守る」という観点が十分に含まれているか議論が必要、とのことで、映画を撮るにもお金が必要だがコロナ禍で映画界は金欠で、資金を集める方法は『企業などの出資』『公的な助成』『寄付』しかなく、日本では助成金は少ないわ、寄付の文化も根づいていないわで、頼りになるのは出資だけだがそれはヒットが見込める娯楽大作に偏りがちになるという問題を孕んでいると主張されています。
 まあ言わんとしていることは判りますし、別に映画に限らず助成も寄付もほぼ無に等しいのが現状ではあろうかと思います。そして、空前の社会現象となりつつある鬼滅の刃にかこつけて行けば自分の主張も普段よりは目立つ、というのもやり方としてはありだろうと思います。まあ妬み嫉み僻みと捉えられる負の反応はいかんともしがたいでしょうが。
 ただ、日本の芸術文化は、どの世界にしてもどこか自分たちだけの「高尚な世界」に高止まりして一般平民を見下しているもしくは無視しているように感じられます。あたかも今話題の日本学術会議と同じようで、してみると我々日本人は何かにつけ権威となるとどうも周囲への目線が歪になってしまいがちなのかもしれません。
 映画に限れば、我が国において映画は大衆娯楽として生まれ発展してきた経緯がありますし、そんな大衆映画の中から国民誰もが知るような不世出の芸術的作品も生まれて来たりもしていますから、娯楽大作だから悪いということは無いと思います。また、大資本が全力を上げても見事にコケる映画も多々ありますから、一概に鬼滅の刃の成功を資本力を背景にしているから、と言うのはやっぱり嫉妬しているとしか見えないのが残念です。
 芸術が食えないのはゴッホとかゴーギャンとか過去にいくらでも実例があるわけですし、仕事じゃなくて同人誌のように趣味の範疇で収めるようにされたらどうかと思ったりもいたします。

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