かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

11. 3月23日夜 実験室 その1

2008-03-20 08:25:26 | 麗夢小説『悪夢の純情』
死夢羅は走っていた。前後左右、まるで見通しの利かない暗黒の中を、全速力で走っていた。知識として、円周三十八キロメートルのチューブの中を延々回り続けている事は理解していたが、今は全く自分の置かれた環境に、死夢羅は無関心だった。その背中を、無形の拳が次々と間断なく打ち続けている。その力は背骨が砕けるかと思えるほどに強く、その度に死夢羅は顔をしかめたが、その代償に、打たれた力の分だけ少しづつスピードが上がっていた。もし、死夢羅の身体に速度計がついていたならば、時速四億三千二百万キロメートルと表示されたに違いない。あるいは死夢羅の好みから、光速という目盛りに四〇%とでも出ただろうか・・・。いずれにせよ、死夢羅はかつて体験した事のないスピードで、体験した事のない屈辱にまみれながら、滅多にない痛みに耐えて走り続けていたのである。
 ごくたまに、夢の間にサイクロトロン内に落ちてくる雑多な思念があった。死夢羅は、始めの内こそ、
「邪魔だ! どけ!」
と鎌を振り上げて叩き出していたが、今ではそれすら面倒で、スピードにまかせて跳ね飛ばすにとどまっている。それよりも死夢羅の関心は、別のある一点に凝り固まっていた。何度か走る内にようやく見つけた場所である。それは、脱出のための最良の弱さを露出した場所であるとともに、死夢羅のある目的を達成するためにも最も良い角度であった。
 鎌を持つ手に力を込めて、その場所まで走り寄る数千分の一秒を死夢羅は待つ。そして通り過ぎる一瞬、死夢羅は力の限りを振り絞ってその一点に鎌を叩き付ける。
「きええええぃっ!」
 気合いの入った叫びとともに、屈強の戦士すら豆腐のように切り裂くその切っ先が壁に衝突する。が、刃は髪の毛一本すら挟む余地のない所まで壁に迫りながら、強靭なバネにぶつかったかのようにあっさりとはじき返される。それでも死夢羅は舌打ち一つするでもなく、次の瞬間のためにまた力を溜める。現在のスピードでは一秒間に三千百五十八回のチャンスがある。そのほとんどをものにする死夢羅の能力も驚異的ではあったが、数分間に渡って百万回を超える死夢羅の斬撃に耐え続ける壁の頑丈さも、驚くに足るものであった。その物質はルミノタイトという。それ自身は死夢羅の鎌をただの一太刀も支えられない脆弱なものである。だが、それが作り出す結界は、スピードに乗せた死夢羅渾身の一撃さえも羽毛でなでられたほどにしか感じない強靭さを誇るのである。
(今少し。今少しの力で、この結界に亀裂を入れる事が出来る。そうすれば今度こそ自由の身を取り戻し、あの女を血祭りに上げる事が出来る。今少し、今少しだ)
 目的のために出来る努力は惜しまない。勤勉さとその集中力を維持する能力に置いて、死夢羅は超一流の努力家であった。
 その死夢羅が最近特に感じ始めた圧力がある。初めてこの全力マラソンを始めたときはそれほどでもなかったある障壁が、時とともに急激に力を増し、死夢羅の燗に触っていた。初め死夢羅は、『そこ』を通過するときの不快感の意味を理解できずに苛立っていた。だがそれも、幾億回となく繰り返す内に、ようやく理屈が見えてきた。その理屈を納得するまでに更に数億回の邂逅を必要とし、納得せざるを得なくなった時、死夢羅の怒りは頂点を極めた。死夢羅は恐怖していたのである。平将門と呼ばれるその力は、神すら凌ぐと常日頃自負する死夢羅自身から見ても、想像を絶する存在と言えた。極論すればそれは、純粋な怒りの結晶である。その力の方向は、死夢羅もむしろ好ましいと思えるはずのものだったが、余りに純粋に凝集されたけた違いな力は、悪も善も関係無しに破壊し尽くさずにはいられない猛りようを示し、人を悪の道に誘い込み、自分の思うままに操る事にかけては古今一級の調略上手の死夢羅にさえ、全くとりつくしまを見せなかった。
 三月二十三日。この日も死夢羅はチューブの中を走り続けていた。思い起こすまでもなく、三月一日、あの忌々しい小娘に拉致されて以来、ずっと続いている日課である。麗夢達がやってきたときこそ、これで脱出できる! と久しぶりに気分も華やいだ死夢羅だったが、近頃はただ黙々と日々のスケジュールをこなし、全く無駄かも知れない努力の日々を送っている。そんな一点に凝り固まった死夢羅の精神がごくかすかな波動を感知しえたのは、ほとんど奇跡といって良い事だった。結局その人物を忘れる事が出来ないほどに死夢羅の怒りもまた根深いものがあったという事なのだが、死夢羅は、何度目かの将門通過の時に、ふっと覚えのある精神エネルギーを感じて一瞬だけ怒りに神経が沸騰したのである。
(都だ!)
 二周目、三周目と回を重ねる毎に、死夢羅はその怒りを糧に、日課の『壁壊し』も止めて相手の存在を全力で探知しようと躍起になった。更に周回も数百回を超えようと言う頃、ようやく死夢羅は遂に都がどういう状態に置かれているかを掴んだ。
(あの死に損ないめ、将門に喰われおったか)
 どんなへまをしたのか死夢羅にも判らない。しかし、将門の付近に漂う残存思念は、都の悲惨な最期を語るに余りある材料を死夢羅に届けた。
(どうやら榊とやりあったらしいな。だが、あの能なしにどうやって都を片づける事が出来たのか、奇怪な事もあるものだ)
 更に数分後、光速の八〇%まで加速した時点で、死夢羅の今日の実験は終わりを告げた。死夢羅の背中を打つ拳は姿を消し、死夢羅は周回を重ねる内に徐々にスピードを落として、やがて自力で静止できる速度まで足をゆるめた。同時に目の前のチューブに枝道が生じ、吸い込まれるように死夢羅はその枝道に入った。やがてチューブは袋小路になって死夢羅の足を止め、突如死夢羅の目の前が真っ白に輝くと、これもまた未だに怒りをかき立てられる明るい声が死夢羅を出迎えた。

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