かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

13. 3月31日 突入

2008-03-20 08:27:47 | 麗夢小説『悪夢の純情』
三月三一日夜。榊は渋谷の一角に生まれた、ゴーストタウンのような雑居ビル街にいた。表通りの繁華街からすれば、まさにここは一つの都市の終焉の姿を示す、死の世界と言っていい。
「ほら、バブルがはじけた後知事が替わって、再開発計画を軒並み見直したじゃない・・・」
 脳裏に浮かぶ娘の言葉に、成る程と榊はうなずいた。あの騒々しい渋谷にこんな一角があったとは、とそこまで驚きかけて、そういえば麗夢さんのアパートもこの近くだな、と思いだした。麗夢が住み、怪奇よろず相談の看板を立てているぼろアパートも、ここと同様駅前の華やかさからは想像もできない朽ち果てた姿なのである。
 榊は、痛みに逆らう苦労に脂汗を額に浮かべながら腕時計を見た。午後十一時。たぶん今頃は病院も大騒ぎしている事だろう、と榊は思ったが、今更引き返す気もしなかった。とにかく時間がない。ルミ子の言う二月十四日は、もうわずか一時間後に迫っているのだ。
 ルミ子が何を狙っているのか、集めたデータを元に榊が推理した結果によれば、それは鬼童の身にまさに信じがたい事態が襲う事になるはずだった。勿論同様に、麗夢、円光、アルファ、ベータ達の身にも最後が迫っている事も意味している。
(恐らくそれが成功した時点で、彼等の命はない。いや、こっちの方も、百%生きて帰る事は出来ない。何としても、ルミ子が実験を始める前に、それを阻止しなければならんのだ)
 榊はゆっくりとゴースト・タウンを進み、ある廃ビルの前に立った。すぐ表通りの甲高い喧噪が、ここでは低いくぐもった音にしか感じられない。後はしんとした深い闇が榊を包み込むばかりである。榊は、暗がりを透かして煤けたビルのネーム・プレートを見た。所々欠けてはいるが、渋谷桜乃宮ビルヂング、と厳めしい字が並んでいるのが読みとれる。このビルこそ、倒産した桜不動産が最後まで手放さないでいたものなのである。バブル崩壊とそれに続く主の自殺、その他諸々の混乱が、未だにこのビルの所有者を桜乃宮家に登記していたのだった。工藤の報告書にその事を知った時、ここしかない! と榊は直感した。田川巡査に頼んであった鬼童の悪夢マップを見ても、この場所は例のリングの上にあり、しかも指輪に乗った宝石のような青い点の集まりの、中心にも位置していたのである。
 観音開きのビルの扉は、右半分が引きちぎられるようにしてビルの奥に傾いていた。榊は周囲を二、三度見回すと、ドアの役を辛うじて果たしている左側の取っ手に手をかけた。と、ぐっと力を入れて押し開けようとした榊の目の前で、扉がゆっくりと中に倒れ込んだ。思わず肩をすくめて目をつぶった榊の耳に、床と激突した扉の悲鳴が突き抜けていく。改めて見ると、目の前にぽっかりと暗黒の口が開き、舞い上がった埃が辛うじて榊の目に薄暗い光の存在を教えていた。榊はもう一度辺りを見回し、二度と出る事が出来ないかも知れないその入り口へ、決意の一歩を踏み込んだ。
 タン!
 足音が闇に吸い込まれ、足下にうっすらと埃が舞う。榊は手にしたペンライトを点灯した。出来れば明かりは付けたくないのだが、こう暗くては榊自身が危なくて歩けない。古いビルだけに、どこにどんな大穴が開いているかもないのである。
 ペンライトの弱い光に照らし出されたフロアは、小規模な雑居ビルらしくさほど広いものではない。かつてはしゃれた観賞植物でも植わっていたのだろうか。直径三十センチ位の大きな鉢が転がって大きな影を床に伸ばした。その向こうにぽっかり空いた暗黒は、エレベーターがあったのだろう。壁にへばりついたコンソールやまっすぐ上下を貫くケーブルがぼんやりと榊の目に入った。左の奥の陰を照らした榊は、そこに階段があるのを発見した。榊を死の淵に誘うように上下は闇に支配され、榊の一歩を待っているかのようでもある。
(首塚の事もあるし、ここはまずやはり下から行くか)
 しばしの逡巡の末、榊が意を決して階段に向かおうとしたその時だった。
 ガンっ! ウイィーン・・・。
 突然のしじまを破る強烈な機械音が、榊の背中をどやしつけた。仰天して振り返った榊は、闇の中、エレベーターの上にぽかりと浮かぶ光を見て更に驚いた。上昇を示す三角のランプが瞬き、地下を示すBの文字盤の光が消えたかと思うと、1の文字盤に明かりが点ったのである。
(エレベーターが動いている! でも何故?)
 凝視する榊の前で、やがて、数人乗りの小さな箱が上がってきた。電灯はとうに切れているのか、中は真っ暗なままである。ガチャン、という耳障りな音とともに停止したそれに、榊はライトを投げかけた。安眠を突然揺り起こされて不平を訴えるかのような埃の舞が、おぼろな光にうっすらと浮かび上がった。しかし、それ以外は何もない。辺りは再び静寂を取り戻し、くぐもった空耳のような微震動だけが、榊に残された。榊は一旦ライトを消し、階段を離れると、少しづつエレベーターに近づいた。どこから何が襲ってくるかも知れないと言う思いが、榊の神経を普段の何倍にも研ぎ澄ます。ようやくエレベーターの側に到った榊は、エレベーターの奥の目の高さに、一枚のメモが付けられている事に気がついた。再び点灯したライトに浮かぶ走り書きは、見覚えのある筆跡で、エレベーターに乗って麗夢を助け出すように榊を促していた。
(鬼童君の筆跡だが・・・。果たして・・・)
「罠か・・・」
 榊は階段の時以上に足を動かすのをためらった。が、トラップが仕掛けられているとすれば階段もまた安全とは言いがたい。
(ここは一つ、虎穴に入ってみるか)
 榊は、思い切ってエレベーターに乗り込んだ。すると、それを待っていたかのようにどこからともなく機械音が鳴り響き、全身を揺るがすほどな振動とともにエレベーターは上に向かって動き出した。
「大丈夫なんだろうな・・・」
 今更ながらの不安に耐えながら、榊は到達階を示す頭上の表示を睨み付けた。二階、三階と階を過ぎ、五階のライトが点いた途端、再びガチャン、と何かにぶつかる音がして、エレベーターが停止した。
(この階のどこかに麗夢さんが?)
 榊は慎重に左右を見定めると、一気に飛び出して向かいの壁にぴったりと背中を付けた。改めて左右を見直し、誰もいないのを確かめると、榊は右に進路を取った。途端に壁伝いに手探りする右手が、ドアノブの一つに行き当たった。ぐいと握ってそっと榊はそのドアを開けた。音もなく開いた中に、榊はさっと一瞬だけペンライトの光を走らせる。何もない。
榊は安堵と落胆を等分に感じながら、開ける時以上に気を使ってドアを閉め、更に先の方へと進んでいった。

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