かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

15.奇跡 その2

2008-02-21 21:40:11 | 麗夢小説『ドリームジェノミクス』
 高原が消えてなおしばらく、円光は身を削る思いで結界の維持に腐心していた。高原本人を前にしたときよりは楽になったが、それでも全身全霊を尽くし、最大限に法力を発動させ続けていないと、たちまちその圧力の前に屈してしまいそうだ。正直、あとどれくらいこの状態で耐えられるのか、円光自身も心許ない。いかにあらゆる魔を滅砕するほどに鍛え上げた法力といえども、こうして際限なく発揮し続けていればいずれ限界に達するのは自明の理であった。何か変化が欲しい。この安定してしまった不利な状態を揺るがす変化を。それがどのようなものであったとしても、変化の瞬間には必ず隙が生じる。その隙を掴むことが出来れば・・・。円光は結界を維持しながら、ひたすらその時を耐えて待った。
 どれほどの時が経っただろうか。円光が待ち望んだ変化が、もっとも望みうる形で現れた。高原の結界が消えたのである。円光はその事を悟ると、油断無く八方に気を巡らした上で、自らの結界を解いた。同時に全身から脂汗を吹き上げて、円光の肉体が床にへたり込んだ。
「だ、大丈夫? 円光さん」
 麗夢が慌てて円光に声をかける。円光は大きく肩で息をつきながらも、笑顔を浮かべて麗夢を見返した。
「拙僧は大事無い。それよりも麗夢殿、大変なことになっているぞ」
「何? まさか美奈ちゃん達に何か 」
「美奈殿達はまだ無事だ。だが、死神が来ている。急がぬと、危ない」
「死夢羅が!」
 麗夢、榊、鬼童も、円光の言葉に飛び上がらぬばかりに驚いた。高原と死夢羅はやはり繋がっていたのか? あの二人を前にしたら、美奈や夢見小僧、それにハンスも、まさに風前の灯火以外の何物でもない!
「は、早くいかないと!」
「しかし、どう急いでも十分はかかるぞ」
 隣の建物、窓外に並び立つナノモレキュラーサイエンティフィックは、手を伸ばせば届きそうに感じるくらいに、直線距離にするとごくわずかにしか離れていない。だが、工業団地内の区画が異なるため、両社を移動するには、一旦ドリームジェノミクス社を出て団地内道路を走り、ナノモレキュラーサイエンティフィックの敷地に至るルートしかないのだ。この四階から大急ぎで一階に降り、車に乗り込んで飛ばしても、現場に到着するのは榊の言うとおりたっぷり十分はかかるだろう。
「いけない! あの男の気が急に小さくなって、死神の瘴気が急激に大きくなっている!」
「だからこそぐずぐずしてられないわ!」
 とにかく駆けだそうとした麗夢は、前触れもなく頭に鳴り響いた声に思わず足を止めた。立ち上がった円光、それに麗夢の後を追おうとした榊、鬼童も、同じく足を止めた。
「高原先生・・・」
 鬼童が呟くと、四人の目の前に、さっき飛び出していったばかりの高原の姿が、おぼろに浮かび上がってきた。榊は思わず目をこすったが、直ぐにその高原の姿が目をつぶっても見えることに気づいた。
『鬼童君、どうやらお別れだ。君とはもう少し話がしたかったが、是非もない』
「どうしたんです先生、貴方らしくもない。それよりそっちは今どうなっているんです?」
『今はあの猫と犬が踏ん張っている。間もなくあの子達も立ち上がるだろう。それで、しばらくは支えられるはずだ』
 高原の幻像が薄れ、代わりにひどくぼやけた映像が浮かび上がった。音は聞こえない。ただ、オレンジとグレーの巨大な獣の後ろ姿と、その向こうに蟠る得体の知れない何かが見えるばかりである。だが、一同はその何かの中に、見間違えることのないシルエットを見て戦慄を新たにした。漆黒のシルクハットとマント、右手に握るのは柄の長い巨大な鎌。間違いなく死神、死夢羅の姿である。
『見えにくくて悪いが、もう私の肉体は限界に近い。耳は聞こえなくなっているしな。程なく視神経系も閉ざされるだろう・・・』
 時折、突然映像がとぎれ、何も見えなくなる。再び映った後も、像は不安定に揺れ、焦点がぼける。高原の目を通して見るその修羅場は、霞がかったまさに夢の世界にも見えた。
『死ぬ前に一言だけお願いがある。どうかあの子達を助け、死夢羅の野望を挫いて欲しい・・・』
「貴方と死夢羅は、同じ穴の狢でしょう?!」
 麗夢の叫びに映像が消え、高原の姿が再び映った。弱々しく苦笑を浮かべるその姿は、さっきまでの傲然とした気配がほとんど感じられない。死を目前にした透明な理性が、高原その物を浄化してしまったようであった。
 高原は言った。
『確かに・・・。結果からすれば私は死夢羅と共謀したに等しい。私は見事に奴の手に乗り、人類滅亡に、今まさに手を貸そうとしている・・・』
 高原が言い終わった途端、膨大な映像と言葉が、四人の頭に直接流れ込んできた。死夢羅がスポンサーとして高原に研究資金を提供したこと。そして、その研究を踏み台に企む究極のハルマゲドン。一万羽の鳩が運ぶ死のウィルスが世界に散らばったとき、人は、もう滅亡の運命から逃れる術を失うだろう。その全貌が、あますところなく四人の脳髄へ強制的に送り込まれた。

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