かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

天安門事件25年の節目は、うちのような僻地でも触れておくべき事柄かと思います。

2014-06-04 22:48:37 | Weblog
 今日は午後からひどい雨になるかも、と天気予報で言っていたので、それなりに警戒しておりましたが、結局明るいうちは軽く地面を湿らせる程度しか降らず、夜が更けてから少しまとまった降り方をしました。もちろん、「ひどい」と形容するにはまだまだ不足の空模様ですが、ぐっと涼しく過ごしやすくなったのと、マスクを付けなくても取り敢えず外を出歩けるようになったのはありがたい話でした。まあまだくしゃみは少し出ましたが、一頃に比べればずっとマシです。近畿も梅雨入りしたそうですし、しばらくは過ごしやすい気候が続いてくれるものと期待しています。

 さて、今日は天安門事件25周年という節目の記念日です。中国政府は、国内に強圧をかけてとにかく事件を忘れたがっているようですが、その存在すらあやふやでまともな記録も無い南京虐殺などに比べ、これほどはっきりと映像記録が残されている事件を人々の記憶から消し去るのは難しいんじゃないかと思います。もう25年前の昔の話ですし、いっそあっさり認めて心から謝罪してみせれば中国政府の株も上がるんじゃないか、と思えてくるのですが、どうしてもそれはできかねるようです。25年前、事件の直前まで、趙紫陽総書記によるデモを行う学生たちへの同情・共感などが伝えられ、これは民主化が大きく進むんじゃないか? と期待したものでしたが、その結末は実に無残で、中国という国柄を象徴する悲惨さをもって幕を閉じました。もしこの時民主化がなっていたとしたら、今頃は日本などすっかり極東の田舎町に成り下がり、アジア盟主たる民主中国の下風に粛々と従っていたかもしれませんし、東南アジアなどを加えた世界最大人口を擁する一大経済圏を築き上げ、その中心として文字通り「中華」の繁栄を享受できていたかもしれません。もちろん、グズグズに内乱が勃発して各地の軍閥による多数の小国に分裂していた可能性もあったでしょうし、新興民主と旧弊共産との間で決戦が行われ、文化大革命に匹敵する惨禍を大陸に及ぼすようなこともありえたかもしれません。しかし、いずれにしてもその選択は放火によって打ち砕かれ、今日まで無かったことにされているわけです。民主主義が全ての政治的課題を円満に解決できるわけでもないでしょうが、環境破壊や貧富の差の拡大、政府・官僚の腐敗など芳しくないニュースが聞こえてくる今の中国の現状を見るにつけ、あの時の可能性の芽を潰してしまったことは、実に惜しいことをしたと思わざるをえません。

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