漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

「ICD-11」において東洋医学(伝統医学)が採用されました。

2018年11月04日 08時23分44秒 | 漢方
 ICD(国際疾病分類)とは、WHO(世界保健機関)が制定している全世界で使えるように整理された疾患分類です。110年の歴史を有し、現在ICD-10(1990年)ですが、このたび最新版のICD-11が公表されました。
 デジタル化や新たな章を追加し、28年ぶりの大改訂になります。
 その中で注目すべきは、「伝統医学の病態(第26章)」が盛り込まれたこと。今までは西洋医学の記載しかなかったのですね。

 しかし、ここに至るまでは紆余曲折がありました。
 とくに中国・韓国・日本間の調整が困難を極めました。
 中国・韓国・日本における伝統医学は、それぞれ中医学、韓医学、日本漢方と呼ばれます。
 元々は中国発祥の医学が起源で、広く「東洋医学」にくくられますが、それぞれの国で独自の発展を遂げてきた歴史から、現在は“同じ伝統医学”と言いがたいくらいまで同一視できない状況です。

■ 【MedPeer インタビュー】ICD-11公表、「漢方」新時代の幕開け
2018.11.2:朝日新聞


 案の定、国力を駆使して中国が「中医学を中心にすべきである」とゴリ押ししてきました(2008年、WPRO)。
 そこに立ちはだかったのが、渡辺賢治Dr.。重要会議で、

 「日中韓の伝統医学は確かに違いも多いが、伝統医学と西洋医学との違いに比べれば小さい。この小さな違いのために喧嘩をしたら、ICDという西洋医学の論理だけで動いている仕組みの中に、伝統医学が入ることは永久に不可能になる。ここは各国が協力すべきではないか」

 と主張し、これには中国側も納得し、日中韓の協力体制を築くことができたのでした。感動的です。

 伝統医学の分類は、西洋医学の病名「disease」ではなく、別の2つの項目を使うことになりました。
① 伝統医学疾病「disorder」
② 証「pattern」

 伝統医学の分類は大きく2つに分けられます。一つが伝統医学疾病「disorder」、もう一つが証「pattern」です。西洋医学では病名をdiseaseと言います。diseaseが病理学的概念で病気を分類しているのに対し、disorderは病因を突き止めるというよりも、症状・症候が主です。この区別をするために、西洋医学の病名「disease」に対して、伝統医学の病名を「disorder」にしました。伝統医学でもう一つ重要な概念は「証」です。証は病気を有する人間が、病気に対しての反応を示す状態を表すもので、漢方では非常に大事な診断になります。伝統医学の治療方法は伝統医学疾病だけでは決定されず、この「証」に基づいて決定されます。

 ICD-11に準拠した診断体系は以下のようになります。
 日本漢方内部でも“流派”が存在し、一枚岩でないことがよく話題になりますが、これをまとめた渡辺先生は大変な苦労をされたと思われます。
 いや〜、日本漢方を統一し、日中韓もまとめるなんて、ほんとにすばらしい。



 日本では日本東洋医学サミット会議(JLOM)での決定を受けてICD-11で示された通りに、「虚実 → 寒熱 → 六病位(急性熱性疾患の場合)または気血水(慢性疾患の場合)」の順に証を考えながら診断していくことになります。

 虚実は3分類(虚証、中間証、実証)あり、寒熱は4分類(寒証、中間証、熱証、寒熱錯雑)あります。急性熱性疾患では六病位の6分類(太陽病、陽明病、少陽病、太陰病、少陰病、厥陰病)の順です。72通りの組み合わせがあります。

・虚実(3) × 寒熱(4) × 六病位(6) = 計72通り

 慢性疾患は、虚実、寒熱に続いて、気血水と腎虚の8分類(気虚、気うつ・気滞、気逆、血虚、瘀血、水毒、亡津液、腎虚)の中から最大2つまで選びます。気血水を選択しないの組み合わせも許されますので、これが1通りあります。同様に1つ選ぶ組み合わせは8通り、2つ選ぶ組む合わせは8C2で、28通りで、合わせて37通りとなります。虚実、寒熱、気血水と選んでいくと444通りの組み合わせがあることになります。

・虚実(3) × 寒熱(4) × 気血水(37)= 計444通り

 ですから、急性・慢性を合わせると516パターンになります。


 これはわかりやすい。
 日本漢方には“証”を見立てるいくつもの尺度が存在します。
 漢方初心者は、目の前の患者にそのなかのどれを使えばいいのか立ち尽くしてしまいます。
 渡辺先生はそれを見事にフローチャートにしました。

 まず、虚実と寒熱を判断する。
 そして急性疾患では六病位を用い、慢性疾患では気血水を用いる。
 シンプルです。

 しかし、実臨床では、なかなかこれだけでは済まない場面に遭遇します。
 そのとき、中医学の「陰陽五行説」を導入すると、スムースにいくことが多いという現実があります。
 その中に「五臓六腑論」があり、そこに足を踏み入れると泥沼化して抜け出せなくなります。
 私は今、そこでもがいている最中です。

 さて、こちらにも渡辺先生の解説がありました。

■ 【第1回】漢方理論の概説より抜粋
2018.4.24:朝日新聞

◇ 漢方の診断について
 漢方の診断は西洋医学的病名とは異なる体系によって行われる。18年に改訂される国際疾病分類(ICD-11)には伝統医学分類の章が初めて入るが、それに合わせて日本漢方の診断分類も体系化された(上図)。
 漢方の診断は「証」といい、「症候」にも通じ、病気に対する生体の反応を見ている。
 漢方には昔から「方証相対」という言葉がある。その字のごとく、「方」と「証」は相対するという意味である。「方」とは治療の方法である。漢方薬で言えば処方の選択がこれに相当する。証が決まれば自ずと治療法が決まるという意味である。
 急性熱性疾患の場合には、病気の進行のステージが重要であり、この方証相対は重要な場合が多い。一方、慢性疾患の場合、証はより複雑で治療法も複数存在する場合が多い。特にアトピー性皮膚炎や慢性疼痛などは、証だけでなく、西洋医学的病名も考慮して治療選択をすることが多い。次のようなイメージで考えていただければよいだろう。

病名・症状 + 証を決める → 治療を決める

 よってこの臨床推論では漢方と西洋医学をブリッジする意味で、病名についても西洋医学的見地から推論した。

◇ 漢方における診断 「証」とは
 漢方の証には虚実、寒熱、六病位、気血水(きけつすい)などがある。「虚実 → 寒熱 →六病位・気血水」の順番で証を決める。六病位は急性熱性疾患のときに、気血水は慢性疾患のときにそれぞれ用いる。六病位と気血水との最も大きな違いは、急性疾患の六病位では時間軸が重視されるということである。それぞれの証とそれに対応する症状を以下の表にまとめた。
 漢方外来の受診者には慢性疾患が多いので、ここでは六病位をはずし、虚実・寒熱・気血水の説明をする。



◇ 虚・実
 はじめに、虚実における証決定を考えていこう。虚実には平素の体力や体格を指す場合と疾病に対する生体反応を指す場合がある。問診において、虚実を決定する際に最も重視されるのは体格である。身長と体重から計算するBMIが参考になる。単純に、BMIの高い人は実証、BMIの低い人は虚証とは言えないが、体格を考えて問診を進めて虚実の判定をしていくことが多い。ただし、BMIが大きくても筋肉量が少なく、水太りタイプで体力がない人は虚証と考えるし、痩せ型でも筋肉質で精悍な人は実証である場合がある。
 一番重要な視点は体力がどの程度あるかである。この場合の体力は運動能力の高い低いに拘らず、基礎的な体力を指す。実証の人は疲れにくく、徹夜も可能である。また食欲旺盛で、活動的である。虚証の人は実証の人の逆と考えればよい。
 実証の人の方は体力があって優れていると考えるかもしれないが、漢方では中間(中庸)がよいとされる。実証の人は体力がある分だけ、過活動に陥りやすく、心筋梗塞や脳卒中でぱたっといってしまう恐れがある。必ずしも実証がいいという訳ではないことは心にとめるべきである。

◇ 寒・熱
 次に、寒熱について考えよう。寒熱とは読んで字のごとく、患者の熱や冷えをとらえた証である。ここで注意すべきは、証を決定するのは患者の自覚症状であるという点である。つまり、体温の計測よりも、問診によって患者の感じ方を聞き出すことが証決定のために重要となる。熱証を表すとされているのは、体ののぼせ、ほてりや、汗をよくかくといった症状である。一方、寒証を表す症状としては、体の冷えや高齢者の唇の乾き、しもやけといったいかにもなものから、日中の頻尿や、下痢、つばが多い(胃の冷えからくる)ことなども含まれる。

◇ 気・血・水
 最後に、気血水の異常の決定に話を進めよう。気血水の異常は、患者の症状の原因となっている正常からの“ずれ”を表していて、その“ずれ”を戻し、患者の状態を整えることで、症状の改善を図り治療過程に導くのである。問診で得られるさまざまな症状から、気血水の異常を分類していくのが慢性疾患の治療には外せない。

「気」の異常―気虚、気うつ・気滞、気逆
 気血水のうち、まずは気の異常からくる3つの状態、すなわち気虚、気うつ・気滞、気逆についてまとめよう。
「気虚」とは、根元の気が全身で不足している状態である。気力がない、疲れやすい、体がだるい、体が重たく感じるといったもの、朝起きにくく調子が出ないことや、食欲不振など虚弱が症状としてみられる。
「気うつ・気滞」とは、体内の気の流れが鬱滞している状態である。症状には、気分が憂うつになる、眠りが浅く夢をよく見る、不眠から昼間に眠くなる、のどのつかえ、お腹が張るといったものがある。
「気逆」とは、気の流れが逆行して突然“上”に突きあがってくる状態である。ここでいう“上”とは、横隔膜よりも上という感覚でとらえよう。問診において気逆を疑わせる症状としては、イライラしやすい、焦りやすい、驚きやすい、気分にムラがあり、1日の中で気になる箇所が変わる、動悸、げっぷ、胸焼けなどがある。

「血」の異常―血虚、瘀血
 続いて、血の異常からくる血虚と瘀血(おけつ)という2つの状態についてまとめる。
「血虚」とは、血液が栄養を運べなくなることで障害が生じている状態で貧血症状がみられる。集中力の低下による物忘れ、皮膚のかさつき、しみ、脱毛や白髪、爪が割れやすい、視力低下や目のかすみ、足がつるといったものがその症状である。
「瘀血」とは末梢循環障害によって障害が生じている状態である。こちらの症状には、痔、にきび、目のクマ、体のこりがあり、女性では更年期の口唇の乾き、月経異常、月経痛も当てはまる。

「水」の異常―水毒
 水の異常からくる異常は「水毒」と呼ばれる(図4)。本来は体内の水分の偏在を水毒と表現する。ここでの水毒に当てはまる症状は、頻尿、むくみや四肢のこわばり、頭痛、めまい、吐き気、乗り物酔い、鼻水など鼻の症状である。
「亡津液」は水分が不足する状態である。舌や皮膚の乾燥など脱水症状を呈する場合を指す。

◇ 腎虚
 残る1つの状態は、「腎虚」と呼ばれ、生まれながらのエネルギーである腎の気が加齢とともに失われることによって生じるものである。気血水とは異なる概念だが、高齢者では考えるべき証である。症状が尿の異常や足腰の弱りなどが代表的な症状で、下焦(へそから下)の虚ということもある。症状としては老化に伴う夜間頻尿や性欲減退、足腰の痛み、ふらつき、体のしびれやふるえが挙げられる。


 漢方臨床推論で紹介する症例は、まず西洋医学的病態を推論し、その上で、漢方の証を決定する。漢方の証については、まず虚実・寒熱を決める。それから慢性疾患が主となるため、気血水の異常と腎虚を足した8つの状態を推論する。気血水・腎に関しては、これらの異常のうちいくつをも有する人が存在するので、主たる2つの状態を気血水・腎の異常と考えることとして推論を進めていく。
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