新・定年オジサンのつぶやき

残された日々をこの世の矛盾に対して勝手につぶやきます。
孫たちの将来に禍根を残さないよう、よき日本を「取り戻したい」。

五輪、「どうせやるなら」という暴力はやめませんか?

2019年09月07日 12時03分11秒 | 東京五輪疑惑


2つの台風が接近しているらしいが、関東地方は再び残暑となり、「熱中症にご注意」という呼びかけが復活している。
 
オジサンの書斎の室温も30℃を超えてきた。
 
チョット前には25℃くらいであったので、最近はこの寒暖の差には体が思うようについていけない。
  
3年前、「反東京オリンピック宣言」とい単行本としてはかなり高額な本が発表された。
  
内容的にはかなり充実している。
 
【開催を返上・中止せよ!】
・「アンダーコントロール」などという安倍首相による世界に向けた虚偽発言、
・裏金不正疑惑、抵抗するアスリートの排除、
・野宿者排除・人権蹂躙、だるま式に膨れ上がる開催費用/まやかしの経済効果、
・環境汚染、置き去りにされる福島復興・原発対策……
・様々な問題が山積・噴出しているにもかかわらず、なぜ東京でオリンピックを開かねばならないのか?
・政府・東京都・広告業界、それらと一体と化したマスメディアが、これらの問題に目を耳を口を閉ざして歓迎ムードを醸成、反対の声を抑圧するなか、2020東京オリンピック開催に対して、スポーツ、科学、思想、哲学、社会学などの研究者・活動家ら16人による根源的な異議申し立て。 
 
6人の大学教授たちがそれぞれの専門分野から論述していたのだが、当時はこんなレビューがあった。
 

いまオリンピックを日本でやる意義は?著者たちが主張するまでもなく、意義なし。その意図は犯罪的ですらある。しかしメディアはそれを言わない。大手メディアは支援を表明、金も出している。開催で得られる利益のおこぼれをもらえる。なにより五輪を「楽しみ」にしている大衆の支持を失いたくない!のである。本書は五輪反対を様々な角度から述べているが、残念なのは、このような主張に対し影響を受ける大衆にはその主張が届かないこと。もっと分かりやすく、廉価なもので提供してほしい。
  
 
この本の編者である神戸大学の小笠原博毅教授は、スポーツ文化研究の立場から、最近ある雑誌に分かりやすく当時の内容を砕いて説明していた。 
 
「どうせやるなら」という暴力 
 オリンピック/パラリンピック(以下、五輪)がただの国際的なスポーツ競技会でも、理想的な「人間賛歌」の友好の場でも、政治の不都合な真実を覆い隠すための「サーカス」というだけでもない、ということを説得力を持って説明するのが、アメリカの政治学者ジュールズ・ボイコフが提唱している「祝賀資本主義」という考え方である。大規模自然災害や戦争を利益追求の格好のお狩場とする「惨事便乗型資本主義」(ナオミ・クライン)に範を取ったボイコフは、「オリンピックの開催地になった都市に、経済効果についての調査研究によって保障されている利益がもたされることはない」と主張する。
 ボイコフはこの7月に来日し、五輪批判の研究者や活動家と積極的に議論をしていった。
 
「祝賀」と「惨事便乗」二重の例外状態のなかで
「祝賀資本主義」とは、国際NGO(非政府組織)であるIOC(国際オリンピック委員会)が主催する五輪が国家事業として運営されるという、五輪のそのものに根ざしている。
 インフラ整備などへの公的資金の投入は、やがてマスメディアやスポンサーが開拓していくサイド・ビジネス市場にいたるまでをカバーし、パートナーシップが当たり前のように推進される、一種の例外状態がつくられる。
 しかし投資回収が思うようにいかなくなったとき、債務を引き受けるのは初期投資をした公共セクターであり、民間企業は不利益を被らないようになっている。
 こうした事態は、マスメディアが作り出す「祝賀」の中に埋もれてしまい、経済効果という言葉で「なんとなく金が回っている」雰囲気が蔓延していく。
 開催国/都市の「安全」は強調され、それが嘘になっては困るから軍隊を動員する警備体制が強化される。また、五輪はまた世界が直面している諸問題ー多様性、環境問題、持続可能性などーへの啓発の役割をに担わされることになる。
 ところが福島第一原発からの放射性物質は環境汚染をひどくする一方だし、競技施設の整備のため千代田区や中野区では街路樹や樹木が伐採サレ、インドネシアの森林では新国立競技場建設の資材のために違法伐採が強行されている
 安倍政権は東日本大震災の被害を覆い隠すだけでなく、復興を印象づける見世物として五輪を利用する構えだ。復興事業にまわすべき労働力、資金、資材そして利益回収の現場が東京に集中していることを顧みれば、2020年の五輪は「祝賀」と「惨事便乗」が相互補完しあっていると言える。
 
増殖する「どうせやるなら」派
 このような矛盾や問題が明らかに なってくると、それらを修正し、五輪を適正化しようとする人々が現れる。「どうせやるなら派」の登場だ。
 まやかしの復興、膨れ上がる開催費、住民の強制立ち退き、半強制的ボランティア動員などには批判的でありながら、「決まってしまったのだから」合理化し、見世物の受け手ではなく積極的に参加者として楽しもう、というのである。
 13年に東京開催が決定した後の「どうせやるなら派」の動きは早かった。雑誌『PLANETS』は評論家の宇野常寛を中心とした「東京2020オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト」なる「代替案」を紹介し、プロジェクションマッピングを十八番とする「チームラボ」と組んだ新しい五輪の「楽しみ方」を提唱した。
プロジェクションマッピングによる街頭デジタル中継をしよう、アスリートの身体感覚の模倣体験ブースを作ろう、実際に競技しなくても「参加」する手段がたくさん用意されていく。ボランティアももちろんそこに含まれる。ご丁寧に「オリンピック破壊計画」なるセキュリティシミュレーションまでが提案されている。
 また内閣や文化庁、東京大学の研究者などから構成される「東京文化資源会議」は、東京誘致をきかっけに下町を再活性化しようと、持続可能な循環型社会への「価値転換」を図り、あらたな東京をつくる絶好の機会として東京五輪を利用しようと訴えている。
 こうした、それぞれがそれぞれの立場で多様に「参加」しようという、一見リベラルな態度。五輪を「どうせやるなら」うまくやろう、利用しよう、換骨奪胎しても楽しもうという、五輪へのあらたな価値付けを提唱する人々は、一見意見の多様性を担保する存在のように見えるかもしれないが、五輪を自在に活用しているように見えて、その実五輪という巨大なシステムが矛盾を抱えたまま存続する手助けをしているにすぎない。加えて、「どうせやるなら派」は無責任である。灼熱の下でプレーを強いられる選手、動員されるボランティアや子どもたちの命や健康をどこまで配慮しているのだろうか?
 
「全員で」の強要が社会を分断していく
 楽しんで何が悪いんだ、という反論はあるだろう。厳しいトレーニングを経て披露される一流選手の競技する姿はもちろん輝きを発するだろうし、外国人と交流し異文化と接触すれば、楽しいことだってあるだろう。せっかく日本に来てくれるのだから「おもてなし」をしてあげたいという気持ちもあるだろう。「祝賀」なのだから、いくら税金を盗まれてもそれは「ご祝儀」、何も物理的な見返りがない。感動と得難い体験こそが何よりのお土産だ。
「おもてなし」? 過酷な条件で勤勉に働いている非正規雇用外国人労働者や実習生、正当な理由もなく長期にわたって入国管理センターに拘束されている外国人、納税しているのに投票権もない外国人は、「おもてなし」とは関係ないのだろうか?
 感動は決して無実ではない。声援を送ったあと五輪スポンサーの清涼飲料水を買ったまらば、その購買行動は「祝賀資本主義」にしっかり貢献していることになる。
五輪が来ることが決っちゃたんだったら、もう国内で争っているいる場合ではありませんし、むしろ足掛かりにしていかねばもったいない。だからいっそ国民全員が組織委員会」。歌手の椎名林檎の言葉だ。見事な「どうせやるなら派」。
 この「全員」という呼びかけが、分断を助長している。そう思えない人、見捨てられたと感じている東北の人々や全国に散らばる震災避難生活者、住居を奪われた都民、公園を追い出された野宿者、メダル至上主義と「アスリートファースト」という呼びかけの狭間で悩む現役選手など、分断されているがゆえに声を出せなくなっている状況こそが、現実である。
 東京都、JOC、IOCが交わした「開催都市契約」には、「契約の解除」という条項がある。(第11条)。五輪開催ができなくなるということは、IOC内においては「想定内」なのだ。
 だから私たちは「五輪をやめよう」と堂々と口にしても一向にかまわないはずである。

 
さらに「開催都市契約」の73ページ゙には契約解除後の免責がこう書かれている。
 
「理由の如何を問わず IOC による本大会の中止または IOC による本契約の解除が生じた場合、開催都市、NOC および OCOG は、ここにいかなる形態の補償、損害賠償またはその他の賠償またはいかなる種類の救済に対する請求および権利を放棄し、また、ここに、当該中止または解除に関するいかなる第三者からの請求、訴訟、または判断から IOC 被賠償者を補償し、無害に保つものとする。」
 
今年の7月には、「さぁ、いよいよ」ではなく、「で、オリンピックやめませんか?」という本も登場している。
 
         
 
まだまだ間に合うのである。まさに上記の本のタイトルを国内に広めるべきであろう、とオジサンは思う。


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