Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

木々のさざめき。

2006-01-17 | 徒然雑記
 論文の提出を終えて、芸術学系棟から出た途端に、風で擦れ合う木々の枝の奏でる唄と、揺れる常緑樹の光沢がきらきらする踊りが初めて眼に入った。
この冬に入ってから、はじめて心を持って木々のいのちを見た。
やっと、見ることができた。

奈良と和歌山で、忙しいさなかに一学生の願いを聞いて長い時間を割いてヒアリングに応えてくれた組織の方々。参考資料をひっくり返してくれたり、帰宅後の質問メールにも親切に、迅速に答えてくれ、時には郵送までしてくれた。今度、成果を届けにゆきます。
ありがとう。

奈良と和歌山で生まれ育ち、昔の風景や過去の色々な活動、風評、ほんとうに沢山の生きた物語を聞かせてくれた、骨董屋や喫茶店のおじちゃんやおばちゃん。論文に書けないことの中に、大切なことは本当にたくさんあった。今度行くから、また「お帰り」って言って迎えてね。
ありがとう。

家族の入院で客をとっていないことを隠して、いつもの長逗留をさせてくれた宿のおばちゃん。洗濯物を取り込むベランダから興福寺の塔が見えて、朝の鐘を聴くのがすきだった。鍵までくれて、まるでおうちのようだったよ。高熱を出して心配かけてごめんね。
ありがとう。

不便だからと調査や観光の全てを送迎してくれた宿のおねえさん。綺麗な景色のところを選んで送り迎えしてくれた宿のおにいちゃん。色んなお話が愉しかったよ。
チェックアウトの時間を無視して部屋で昼寝させてくれた宿のおばちゃん。淹れてくれる珈琲が美味しかった。買い物の行き返りに、暇潰しにと近所の資料館まで連れていってくれたおじちゃん。部屋にスズメバチが居て大騒ぎしてごめんね。
ありがとう。

ひとりっきりの私を大騒ぎの宴会に連れ込んで、愉しい時間を過ごさせてくれたフリーライターのおにいちゃん。「宿代が無くなったらいつでも泊まりにおいで」って言ってくれたね。ほんとに行っても知らないよ。
ありがとう。

食事する処に困って、酒も飲めないくせに入った焼き鳥屋。「明日、食べに来なくていいから、コンビニの帰りにでも寄りな」と言って、大きな桃をみっつもくれたおじちゃん。手掴みで、全部美味しく頂いたよ。今度寄ってびっくりさせるからね。
ありがとう。

正月を返上して先生が手直しを入れてくれた論文の草稿は、見事に真っ赤っかだった。論文を事前に直して貰うのは初めてだったから正直驚いたし駄目さ加減に少し凹んだ。だけど先生のこの上ない熱情を感じて、それに応えたいと思った。先生、提出後だけどまだこれからも直しちゃうよ。申し訳ないけど、私の熱情にもう少し付き合って。
ありがとう。

手紙やメールや電話やblogで、論文を書く元気を与えてくれた愛すべき全ての友。誰ひとり、「がんばれ」って言わなかったね。だけどみんなして「よく頑張ったね」って言ってくれたね。分野も素養も全然違うのに、「読ませろよ」って言ってくれた人も何人も居たね。提出前日には電話をくれた人も居たね。「早く東京に戻ってこい」って。この土地で手にいれた沢山の大切なものを両手に抱えてすぐ戻るから、もうちょっと待っててね。
ありがとう。

相談もなしに会社を辞めて、「研究者になるから」とぶちかました私の発言に呆れながらも容認してくれた両親。私の全ての遠回りと、全ての暴虐と、全ての挫折を糧にした無謀な選択を認めてくれた。お陰で私は心置きなく研究に生活を注ぎ込むことができた。
恥じるところのない研究者に私はなるよ。なれる気がするよ。
ありがとう。


ほんとうに、ほんとうに、ありがとう。