Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

闇のパレット。

2004-12-26 | 徒然雑記
 美しい女性に出会った。
クリスマスで賑わう銀座も、一歩裏に入れば人通りはまばらだ。店の制服や作業着を着ている人と多くすれ違う裏通りに、その人はいた。
部分的に束ねられた、艶やかに流れる髪がひときわ目をひくその人は、チャコールグレーのツイードコートを着ていて、首元からは華やかな藤色の花柄スカーフがふうわりと空気を含んで咲いていた。淡い薔薇色の口紅と、しっとりとしたモーヴ色が瞼をシルキーな光とともに控えめに彩っていた。

ビルに囲まれた日陰の裏通りにあって、そこだけ光を得ているようであった。彼女の脇にはベージュのコートを着た男性が寄り添うように歩いていたのだが、彼女の光に隠れてしまって、最初はその男性が居ることも気付かないくらいの静けさであった。

 すれ違いざま、彼女の持つある特別な物体に目が釘付けになった。
彼女は、白い杖を持っていた。
まるで日傘を持つように優雅に、鞄を提げるように自然に。

今思えば、彼女が常に目を閉じていたからこそ、そのアイシャドウの色があんなにも私の目に焼き付いたのだと。
そして一瞬のうちに、彼女は連れの男性と静かに語らいながら、すれ違っていってしまった。

彼女は、自分が美しいことを知っているのだろうか。
そして人目を引くほどに優雅な装いをしていることに気付いているのだろうか。

「・・・今日はクリスマスだから、お出掛けをしよう。雲も殆どないし、いい天気だ。
チャコールのコートが暗くなりすぎないように、藤色のスカーフを今日は選んでみたよ。だから、それに合わせて瞼には淡いワイン色とすみれ色の間の色にしてみようか。口元は少し明るめでシックな感じにしたら外出には丁度いいね。
 髪はアップにまとめてしまうかどうか悩んだんだ。だけど、上げてしまうと華やかになりすぎるし、全部下ろしてしまうと顔が暗くなってしまう。顔に髪がかからないように部分的に止めてしまって顔をすっきり明るく出して、残りはそのまま後ろに流してしまおうと思うんだけど、どうかな?」

男性が彼女に色を与えてゆく。季節に合わせて、場に合わせて、美しい彼女に色を添えてゆく。
目を閉じたままの彼女の顔に、服に、彼女が理解し得るかどうか判らない色あわせを説明しながら、丁寧に。彼女は全面の信頼をもって、身体と顔を彼に差し出す。まるで笑顔で首を預けるかのように。
日の当たるリビングに午前の陽が指す。光の中で闇を見詰めたまま、闇の中に住まいながら、身体の最も表層部に光と色とを纏う行為。破れない壁を叩き続けるその行為は、滑稽さを打ち砕くばかりの儀式めいた神聖さを伴う。

美が普遍的なものであるとするならば、且つ個人的なものであるとするならば、美を追求する滑稽さなどありはしない。
闇と光に分かたれた彼等に幻惑された私は、しばし淡い白昼夢をみた。