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いわゆる「bewaad問題」、別名「bewaad抹殺未遂事件」について

2010年07月28日 20時38分49秒 | 俺のそれ
正直、この話について書くかどうか迷ったが、やっぱり気にしているのは体に良くないので書いておくことにした。タイトルは、勿論適当である。


ぼくが経済学というものに触れるようになったり、日銀の政策なんかについて気にするようになったのは、書き始めの頃に出会ったbewaad氏のブログの影響を受けた為である。どうして彼のブログを読み始めるようになったのかは、定かではない。あまり記憶にない。確か年金の話だったか、今は容疑者となってしまった木村剛のブログからだったか、そういう何かで流れ着いたような気がする。

やたらと読み難い無味乾燥な画面と、難解用語や難読文字を含む長い一文とか、これまで殆ど目にしたことのないようなブログだった。いつしか、毎日読みに行くのが日課となっていた。当時のネット世界では、bewaad氏自体はそれほど有名ではなくて、1日のアクセス数は700程度という感じの頃だった(それでも多いとは思ったが)。その後に、かなり有名な存在となっていった。その時期を、ぼくは偶然目撃していた。


個人的なつながりは一切ないし、どこの誰かさえ勿論知らない。けれども、ブログを通じて、bewaad氏とはいくつかの話題について意見を交換したりしたことはあった。勿論、衝突もあったけど(笑)。

人権擁護法案とか、中国発デフレ問題とか、上限金利問題とか、思えば色々とあったのかもしれない。全くの専門外の素人が意見するわけだから、それの相手をするのは大変だったろうとは思う。確かにそうだ。それでも、何故かウチのような弱小ブログの相手をしてくれていたのだな。
ま、これはいいとして、上限金利問題の時の当方の書いた記事が問題だったようで、bewaadブログの信者たちから出入り禁止(正確にはそうじゃないけど、コメントやTBをするな、というような要求)を言い渡された。なので、その後には一切コメントをしたりするのを止めた。この件だけじゃなく、彼らのコミュニティに蔓延っていた「経済学が正しいんだ」(実際そうは言ってなけど、単純化して言えば)という姿勢を見ることとなったので、結果的には彼らを糾弾した。


だから、向こうからすると、ぼくは敵のようなものだと思う。
ただ、発せられるメッセージのようなものは、敵同士だからこそ感じ取れる、ということはあるのかもしれない。別に、彼を憎んでいるわけでもないしね。これはまあ、いいや。


で、田中秀臣氏とのバトルについてであるが、これは結構以前からあった話ではある。ぼくの記憶では、福井日銀総裁の辞任問題についての頃だ。

福井日銀総裁の法的責任はどうなのか

田中氏のコメントを見ていて、どうしてそこまでエスカレートするのかな、というのはあった。論点がズレてゆくし、段々「官僚批判」へと変わってゆく傾向があった。当時は、ブログに集まる人々の諌めるコメントなんかで、とりあえず終わったはずだ。けれども、わだかまりのようなものは、互いに抱えたままだったのかもしれない。

そういうのを残しておくと、きっと良くないのかも。


その後にも、日銀総裁選びとか、リフレ政策云々とかで、気まずい関係が継続していたように思う。

最近でも気になる時があったから、書いたことがあった。

日銀をつき崩すのに有効なのは「事実の積み重ね」


ま、ぼくも匿名だから、正体を明かされるということがあれば、それは困ると思う。少なくとも、高橋洋一氏にいいじゃんか、みたいには言われたくないんじゃないかと思う(笑、官僚になったことがないから分からんけど)。


多くの人々が嘆いていたように、ユニークな書き手を失うことは残念なことだ。


とは言うものの、ぼくが他人に批判できるような立場にはないな(笑)。
かなり嫌味を書いてきたし、他者批判を続けてきたんだから、そういうのは割り引いて頂戴ね。

みんな仲良く、ということで。


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