「雨漏り修理、防水工事、屋上緑化、庭」職人社長安藤のblog

1級防水技能士、1級造園技能士、屋上緑化コーディネーター、ガーデンデザイナー、職業訓練指導員の有資格者/埼玉県さいたま市

3.11 東日本大震災の災害ボランティア/宮城県石巻市での経験3

2011-04-18 14:51:12 | 東日本大震災/災害ボランティア活動


真ん中の帽子をかぶって黒い合羽を着ているのが、職人社長の安藤です。
このときのメンバーは、すべて県外から来たボランティアです。


東日本大震災の災害ボランティア活動をしてきた
職人社長の安藤です。


宮城県での災害ボランティア活動を終え、いよいよ埼玉に帰る日がきました。
少し心残りです。

このまま帰ってよいのか、あと1日ここにいるわけには行かないか、僕は考えてみました。
でも、いく考えても今回は1週間の滞在が精一杯です。


僕は東北道を走る前に、日和(ひより)山へ行きました。
この山から津波の影響を受けて呑み込まれてしまった街が見えます。

ここもやっぱり爆弾を投下されたような感じです。
本来はここから眺める景色は人の心を癒すような景色だったはずです。
それがあの一瞬で、今のようになってしまったなんて、眺めているとかなり痛い感じがしました。


僕は山から下へ向かう階段を下っていきました。
すると家と家がツナミに押し流されてつぶされ、重なり合っていました。
間近で見るとやはり言葉を失います。


一日も早く、行方不明の方々が発見されることを祈る以外は何もできない、というのがなんとも悔しいです。

この数日間、僕は石巻で災害ボランティアをしていましたが、この地を離れなければならない時になって、僕の中に石巻に対する思いがあることに気がつきました。

いずれまた石巻で被災者の人たちの力になりたい、一日も早く復興して欲しいという強い思いは、やはり被災した現場を直接自分の目で見る、被災者の方との出会う、本気で真剣に作業をする中で、強い思いになったのでしょう。


東北道を埼玉に向かって走っている中、余震が何度もありました。
そのたびに、今頃被災地の人たちは、どうしいるのだろう。
余震が来るたびに怖い思いをしているに違いない。


被災地での数日間を思い出しながら、一日でも早く復興できるように。
被災された方々の心の痛みが少しでもやわらぐように。
そんなことを思いながら、東北道を走っていました。


ボランティアをしに行きたいと思っている方は、是非被災地へ行ってください。
そして、力になってあげてください。


それでは、また。


職人社長の安藤


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3.11 東日本大震災の災害ボランティア/宮城県石巻市での経験2

2011-04-17 14:34:16 | 東日本大震災/災害ボランティア活動


毎朝9:00、ボランティアセンターの受付が始まります。
新規と継続に分かれて長い列ができます。
そして受付が終わると、仕事の手配を待ちます。
写真は手配を待っているところです。


東日本大震災の災害ボランティア活動をしてきた
職人社長の安藤です。


なぜこんなことが起こるのか!?
ボランティアセンターはちゃんと機能しているのか!?
ちょっと疑問に思うとことがあります。

一軒目のお宅の裏にある家の旦那さんが言っていました。
依頼をしようとボランティアセンターに電話をかけてもつながらない。・・・


僕たちは本来予定に入っていない裏のだんなさんの家の冷蔵庫をガレキ置き場になっている広場に数人でもって行きました。

僕がエ゛ーと思ったのは、こちらの旦那さんはご飯を食べていない、ということです。

被災地であり、被災者でありながら、食べ物をもらいに行ったら、お宅は対象外ですという冷たい返事が帰ってきたそうです。

自衛隊が持ってきたカセットコンロ用のガスボンベは残りも少なく困っているようでした。

僕たちは手持ちのおにぎり、水を旦那さんに渡すと涙を流していました。


僕たちが行くお宅はボランティアセンターへいくら連絡してもつながらないらしいです。
これはどういうことなのか!?

いくら仕事が詰まっているとはいえ、電話に出ないのかつながらない、それはおかしいだろ!!
でも、これは事実です。
このあたりは改善して欲しいものです。


まだあります。
このくっそ忙しい被災地で、ボランティアの手配が重なってしまう!?

どういうことかわかりますか。
僕たちのグループは、スコップ、土嚢袋他の道具を揃えて現場に着くと、あろうことか既に別のグループが着ていました。
すると、この地区を担当しているという人が来て、既に来ているので、こちらのグループにやらせて欲しい。


なんだそれ!?

朝の渋滞、やっと現場に着いたと思ったら、このザマです。
この近くでどこかありませんかと聞いてみると、この近くにも依頼があるので、今聞いてみます。という返事が返ってきました。


午後からの作業になります。
午前という時間はいったいなんだったのか、現場が詰まっているのにもったいない話です。


午後のお宅で、僕がドロカキをしている時に、聞くつもりはなかったのだけど聞こえてしまいました。
それはとてもつらい内容の話でした。
が奥さんの目の前で、旦那さんが津波にさらわれて亡くなったそうです。

奥さんはまだ気持ちの整理ができていないのでしょう。
食器などはツナミでヘドロをかぶり汚れているので、処分するのですが、何を処分して何を残してよいのか、わからない状態です。

それもそうです。
食器にはいろんな思い出があるはずです。
被災者にとっての家財はヘドロで汚れていても、大事なものに変わりはありません。


ボランティアをしに行った方は、言い方にも注意をしてください。
ガレキと読んで入る物も被災者にとっては、大事なものなんです。

被災された方は、心に傷を負っています。
災害ボランテイアとして、気をつけたいのは、もう一つあります。

僕たちボランティアは一生懸命ドロかきをして、畳を外に出したり、広場に使えなくなった電気製品や、思い出の詰まった小物類などを広場または道端に運んだりしますが、作業が終わると、どの方も何かをボランティアである僕たちに食べ物や飲み物をくれようとします。

でも、悪くてとても受け取るわけにはいきません。
そんな時どうしたらよいのか、僕も正直迷いました。

相手の気持ちを傷つけないで、断るにはどうしたらよいのか。
そんな時、こう言うことにしました。

「どうもありがとうございます。ボランティアセンターの規則で、受け取ってはいけないことになっているので、お気持ちだけいただきます。」



それでは、また。


職人社長の安藤


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3.11 東日本大震災の災害ボランティア/宮城県石巻市での経験1

2011-04-16 14:31:18 | 東日本大震災/災害ボランティア活動


東日本大震災の災害ボランティア活動をしてきた
職人社長の安藤です。

石巻市災害ボランティアセンターは、石巻専修大学にあり、広い駐車場には県外ナンバーの車がたくさん駐車しています。
災害ボランティアの皆さんがどこで寝泊りしているか知ってますか?

僕も含めてボランティアをしにきた人たちは車の中で寝ていたり、またはテントを張ってその中で寝ています。
それにお風呂に入るなんてことはまず無理です。


ボランティアをしている人たちの中には、一週間お風呂に入っていない人も結構いました。
実は僕も被災地では一週間お風呂に入っていません。
汚ったねー、とか思われるかもしれませんが、実際そんなもんなんです。



ボランテイアをしに来ている人たちは、グループで来ている人もいますが、僕のように一人で来ている人も結構います。

面白いもので、自然と小さなグループができてきます。
被災者の手助けをしたいという同じ思いで、被災地に来ている人たちなので、これは自然なことです。


災害ボランティア活動をしたこともないけれど参加したい、と思っている人もたくさんいると思います。
是非その思いを行動にかえてください。


被災地でお荷物になるようなことがないように、しっかりと準備(泊まる所、水、食料・・・)をしていけば、大丈夫です。

どこかのHPに初めての人は来ないでくれとか書いてありますが、ボランティア難民になるようなことなければ、行っても大丈夫です。
是非、被災地へ行っちゃってください。


でも、覚悟してください。
それは、それだけ揺れてそれでも余震かよ、というような余震が突然来ます。

僕が石巻市災害ボランティアセンターの駐車場にいる時も福島沖を震源とする地震がありました。
震源はマグニチュード7、宮城県は震度5弱、東北道通行止め、JR全線ストップです。
幸いここから近い女川原発は1号~3号機まで停止の為、異常なし。

このような余震が頻繁にあります。
避難所に住む被災者の皆さんは、精神的にもかなり辛いと思います。
なぜなら余震が、3.11の地震、ツナミの記憶を呼び起こすからです。


blogを読んでくれたみなさんへ
3.11 東日本大震災を自分のこととしてみてください。
そして今の思いを行動にしてください。



それでは、また。


職人社長の安藤


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3.11 東日本大震災の災害ボランティア/宮城県塩釜市での経験

2011-04-15 19:48:25 | 東日本大震災/災害ボランティア活動

余震にしてはでかすぎる余震の後、ボランティア活動は中止になってしまいました。


東日本大震災の災害ボランティア活動をしてきた
職人社長の安藤です。

4月7日深夜、塩釜市ボランティアセンターの駐車場に止めたトラックの中のテントで寝ている時、突然携帯の地震情報がうるさいくらい鳴り響き、目が覚めると同時にただ事ではない揺れに気がつきました。

すごすぎる縦揺れです。
「グォー」という地響き、鳴り響くサイレン、隣の避難所のスピーカからは、地震とツナミ情報を伝えています。

幌付トラックの中にテントを張っていたので、テントの中は真っ暗です。
暗闇の中、急いで懐中電灯を探しました。

なんとか外に出ることができました。
車の通る音がものすごくうるさいのに気がつきました。


塩釜駅と避難所の間に道路が一本ありますが、その道を海側から山へ向かって、数え切れない車が、走っていきます。

走っている!? 
ただ走っているわけでありません。

みんな逃げているんです!
そうです。
ツナミ警報が出ているから、みんな避難しているんです!


その時、事の重大さに気がつきました。
僕はこのままここにいていいのか、すぐに他の車に続いて逃げるべきか、そんなことを考えていると、

ラジオから「落ち着いてください。状況を良く見て判断してください。」
まるで僕に言っているようなそんな気がして、落ち着いて考えてみました。

ここは避難所があるところで、3.11の大震災の時もツナミはこなかった。
危険な場所に避難所を作るわけもないし、安全な場所に違いない。

そんなことを考えていたら、眠くなってきたので、テントに戻って寝てしまいました。
気がつくと朝になっていました。

この日は、停電、断水です。
ボランティアセンターのシステムが機能しないので、ボランティア活動は中止、
という貼り紙が、僕が車を止めている駐車場に貼り付けてありました。


塩釜で前日に得た情報によると、県外の受け入れを中止するらしい、ということです。
理由は、どうやらある程度、ドロかき仕事は終わりに近づいているらしいということと、掃除は市内在住のボランティアで足りるということらしいです。


どうやら僕はここではなく、もっと人手が足りないボランティアセンターへ行ったほうがよさそうです。

釜石市では一泊しただけで、僕はこの日、石巻市を目指して移動することにしました。
でも、これでいいと思います。
人手が足りないボランティアセンターで手伝ってこそ、僕が埼玉から被災地に来た意味があるからです。


この日、東松島市を通って石巻に入りましたが、ここの被害はすごかったです。
僕は車を止めてしばらくボーっと横倒しになった道路標識、原形のない車、ガレキの山をみていました。
ある場所では、アスファルトが剥ぎとられてしまい、砂利道です。

あまりに痛い景色にしばらくへこんでいました。
たぶん、誰でもへこむと思います。
まるで、爆弾を投下された後のような感じです。

もともとここに何があったのか、想像もできないほどでした。

思い出しただけでもへこんでしまいます。
でも、やはりこれを直接見ることによって、ここで何が起こったのかを知ることができる。
知ることによって、被災者の皆さんが今どんな思いでいるのか、感じることができる。
感じることで、現場で本気で真剣にボランティアをすることができるんです。


この経験は、災害ボランティアには必要なことだと思います。



・・・続きは、また明日。

職人社長の安藤


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3.11 東日本大震災の災害ボランティア/宮城県多賀城市での経験

2011-04-13 18:46:10 | 東日本大震災/災害ボランティア活動

写真のハイエーストラックの中に断熱防水工事で余った分厚い断熱材を敷き、テントを張って中で寝ました。
多分あまり寒くないと思われる方が多いと思いますが、僕はとくに寒がりなので、冷たい空気はちょっときつかったです。


東日本大震災の災害ボランティア活動をしてきた
職人社長の安藤です。

僕は一週間、宮城県で災害ボランティアをしてきました。
2年前日本赤十字の災害ボランティア講習会で学んだことを活かす時がついに来てしまいました。

地震、ツナミ、福島原発
今日本は一つになって、乗り越えなければならない局面に立っています。

こんな非常時に現場に出て防水工事をしている場合ではありません。
そう思いませんか。


実際、自分が被災地へ行ってどんな手伝いができるのか、行ってみなければわからない。
正直言ってこんな感じでしたが、とにかく僕は仕事を休み、災害ボランテイア活動をしてきました。


ネットで見ると、直接行かないでくれとか、なんだかんだ書いてありますが、
でも本当にそうなのか、やはり直接行ってみないとわかりません。


もしも何もすることがなければ、埼玉に帰ってくればいい。
ただ、何も準備しないで行って、現地でボランティアセンターに迷惑をかけるボランティア難民にだけはなってはいけない!

僕はそう思って仕事で使っている幌付のハイエーストラックの荷台に現場で余った分厚い断熱材を敷き詰め、テントを張り、布団、水、食料、ガソリン携行缶、カッパ、ガスコンロ・・・・・などを詰め込みました。


4月6日(水)東北道を走り、宮城県多賀城市を目指しました。
多賀城市はネットでは県外ok、直接来て欲しいとあったので、ここを選びました。
埼玉県戸田市から多賀城市まで結構距離はありました。


多賀城市のボランティアセンターに着いた時には、もうボランティアの受付時間が過ぎていましたが、何かできることはないか聞いてみました。
すると、現場から帰って来る各グループが使った泥で汚れたスコップ、水かき、ブラシなどがセンターに返却されるので、それを洗う仕事をさせてもらえたんです。

帰ってくるボランティアはドロかき仕事でクタクタになっているのでしょう。
ほとんどの人が疲れきっているようでした。

彼らに向かってまずひとこと「お疲れ様でした。」「ありがとうございました。」と大きな声でいいます。
スコップなどの数の確認が終わると、それを受け取って水洗いをする仕事。

これが僕の災害ボランティア第1日目の仕事です。
今思うと、最初にこの仕事をやってよかったと思っています。

現場に出て泥だらけになって、しかも疲れきって帰ってくるボランティアは、「お疲れ様でした。」「ありがとうございました。」と言う言葉をかけられるだけでも、その疲れが癒されるのではないかと思うからです。


確かに言葉を返してくれる人は少なかった。
でも、それだけ本気で真剣に現場でがんばってきた、ということです。

まあいいじゃないですか。


一般ボランテイアが使用する駐車場は、多賀城駅の近くにあります。
線路をはさんだ向かい側には自衛隊が被災者の為に作ったお風呂があり、災害ボランティアも入ってもよいということを知りました。
このお風呂の入浴サービスは始まったばかりだそうです。

でも、僕はこのお風呂は災害ボランティアではなく、被災者が入るべきものだと思うので、お風呂に入ることを遠慮しました。


翌日、4月7日(木)は、前日にボランティアの新規登録をしていなかったので、新規登録をしました。

4人チームで個人宅のツナミで汚れてしまった家財を外に出す仕事をしました。
このお宅は1階部分がツナミでやられています。

畳は、水を大量に含み、変形しとても一人では持ち出すことはできません。
家の中で曲がっているし、そりあがった部分は別の畳の下に入り込んでいるし、一瞬あ然としました。

泥がついたままあちこちに散らばった家財、これを見ただけでもツナミがどれほどの力を持っていたのかがわかります。

この仕事は午前中で終わりセンターに戻り、午後の仕事を待ちましたが、
残念ながら午後の仕事はありませんでした。



僕は午後、僕は多賀城市を出ました。
理由はここよりもボランティアを必要としているところがあるような気がしたからです。

午後、七ヶ浜の立ち入り禁止になっているようなところを走っていくと、道の両サイドは瓦礫の山です。建物の上物がなくなり、基礎だけが残っていたり、2階建ての家の1階部分はどの家もダメになっていました。
壊れた無数の車が止まっていたり、家の中に車が入り込んでいたり、ひどいものです。

これを見ると、やはり気持ちがへこんでしまいます。
夕方、塩釜市のボランテイアセンターにたどり着きました。
ここも県外のボランティア受け入れokです。
塩釜のボランテアは高校生が多いらしいでが、もちろん県外のボランティアも来ています。

実はこの夜、荷台のテントで寝ていると、突然携帯の地震情報が鳴り響きました。
このサイレンの音は、本当にドキッとします。
とても強い縦揺れの地震でした。

続きは、明日にします。


それではまた。

職人社長の安藤


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