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悔い改めた人の死刑にこそ意義がある

2007-05-27 00:43:37 | Weblog


「死刑は廃止してはならない。
 死刑の意味は、殺人の罪を犯した人間が、罪と向き合い、
 犯行を悔い、心から反省をして、許されれば残りの人生を
 贖罪と社会貢献に捧げようと決心して、そこまで純粋で
 真面目な人間に生まれ変わったのに、その生まれ変わった
 人間の命を社会が残酷に奪い取る、その非業さと残酷さを
 思い知ることで等価だ、という真実の裏返しで、そこで
 初めて奪われた人の命の重さと尊さを知る、人の命の尊厳
 を社会が知る、そこにこそ死刑の意義があるのだ」


本村さんの言葉だということで紹介されていました。

池田小事件の犯人は死刑を望んでいて、比較的早く執行されましたが、その意味において彼の死刑は無意味だったのかもしれません。おそらく本当の意味で反省の気持ちも持たず、更生する時間もなかったでしょうから。

奪われた者の命に匹敵しない価値のない命では贖いにはならないというのは、キリスト教的発想かもしれません。

オーラの泉の荏原氏はは、この世で自分の問題にきちんとけりをつけないで死んでしまった場合、次の人生もまた同じことを繰り返すと説明していたことがあります。このまま今回の「山口県・光市の母子殺害事件」の犯人を死刑にしてしまった場合、また同じ残忍な人間のまま生まれ変わるということになりそうですし・・・

しっかり反省させ、更生させ、その後死刑というのが正しいあり方なのですね。


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うは~国民新党末期症状?

2007-05-26 16:48:28 | Weblog
公共の電波使って何流すの!!
酔っ払ってるのか亀井。
これみて親近感覚える人がいたら会ってみたい。
誰だこんなCM考え付いたのは。

あ~あ小泉さんはセンスよかったなあ。思わず懐かしくなったわ。
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政府は絶対権力じゃない

2007-05-26 03:53:16 | Weblog
選挙で落ちればただの人の集合体なんだから

それより、批判しても批判してもぜんぜん首にならない官僚とのうのうと生き残っているマスコミこそ、国民が監視しなければならない権力組織そのもの。

これを実行力をもって叩ける力を持っているのは政府や議会なんだから、反政府なんて間違ってる。

国民の幸福を守れない政府や議会に成り下がっていると思えるなら、投票で議員を総入れ替えするぐらいの国民になればいい。

そう考えてみると、日本の民主主義ってけっこう進歩してきたんでは?

ま、自分たちの気持ちを代弁してくれる人かどうか判断するのはそんなに簡単ではなさそうだし、無関心層がまとまるかどうかはわからないけれど。

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中国産の食品は食べたくなくても

2007-05-23 02:17:06 | Weblog
外食したり、コンビにでお弁当買ったら、きっと使ってるんだろうなあ・・・あ~あ。

きょうは、お昼は四川料理のおいしいお店でランチでした。
中国の家庭料理で、雑誌にも紹介されたお店で、気の良い中国人の女性が料理をしているお店です。
でもふと、材料は中国産だろうと思い至って暗澹としました。

友人の大好物の唐辛子と山椒のきいた料理なんですが、回数食べてる友人の体に毒物がたまっていくさままで一瞬目に浮かんでしまいました。

厳しい状況の飲食業界が、安い野菜でも使わなければ経営成り立たないのは仕方ないけれど、せめて大手は、契約農家を指導監督して、中国産といえども安全なものを手に入れる努力はして欲しいものです。

家庭の主婦で中国産と書いてあって買う人はほとんどいないとは思うのに、それでもたまに店頭に並んでいたり、いまだにたくさん輸入されているということは、自分は食べない立場の人が買うのでしょうしねえ。

北京オリンピックに出場する選手の皆様は、手弁当持っていかないと、無事競技が続けられるのか心配ですねえ。
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もっと非難されるべきだと思ってしまう

2007-05-20 01:53:08 | Weblog
なんでこんな人の命のために、23歳の若い将来も家庭もある人の命を犠牲にしなければならなかったのかと思うと、残念でならない。

しかも、人質は元妻・・
撃ったのは、自分の子供・・
完全に内内の争い。

犯罪者に甘すぎるよ>日本

きょうは、バス停の標識を持ち去ったというニュース。
中国じゃああるまいし、日本でこんなニュースを連日聞くことになろうとは、ほんと情けない。

こんな民度の低い人が日本に住んでいると思うだけで、気持ち悪くなってしまう。
たぶん中国に売りに行くんだろうけれど、どこかで取り締まれないものなのか。
どこも監視カメラだらけにしないと成り立たない社会になりつつあるのか。

情けないなあ。一部の日本人。




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こんなりっぱな校長先生はなかなかいないでしょうね

2007-05-17 01:57:38 | Weblog
アジアの真実で紹介されていた文章の転載です。

人間を矮小化してはならぬ 狭山ヶ丘高等学校学校長 小 川 義 男

先日、狭山市の柏原地区に自衛隊の練習用ジェット機が墜落しました。たまたま私は、寺田先生と共に、あの近くを走っていましたので、立ち寄ることにしました。すでに付近は閉鎖されていて、近くまで行くことはできませんでしたが、それほど遠くないあたりに、白煙の立ち上るのが見えました。
見上げると、どのような状態であったものか、高圧線がかなり広範囲にわたって切断されています。高圧線は、あの太くて丈夫な電線ですから、切れるときはぷつんと切れそうなものですが、多数の細い線の集まりからできているらしく、ぼさぼさに切れています。何カ所にもわたって、長くぼさぼさになった高圧線が鉄塔からぶら下がっている様は、まさに鬼気迫るものがありました。
聞くと、操縦していた二人は助からなかったそうです。二佐と三佐と言いますから、相当地位の高いパイロットだと言えます。二人とも脱出を試みたのですが、高度が足りなく、パラシュート半開きの状態で地面に激突し命を失った模様です。
以前、現在防衛大学の学生である本校の卒業生が、防大合格後航空コースを選ぶというのを聞いて、私がとめたことがあります。「あんな危ないものに乗るな」と。彼の答えはこうでした。「先生、戦闘機は旅客機より安全なのです。万一の場合脱出装置が付いており、座席ごと空中に打ち出されるのですから」と。
その安全な戦闘機に乗りながら、この二人の高級将校は、何故死ななくてはならなかったのでしょうか。それは、彼らが十分な高度での脱出を、自ら選ばなかったからです。おそらく、もう百メートル上空で脱出装置を作動させていれば、彼らは確実に自らの命を救うことができたでしょう。47歳と48歳と言いますから、家族に取りかけがえもなく尊い父親であったでしょう。それなのに、何故彼らはあえて死をえらんだのでしょうか。
実は、あの墜落現場である入間川の河川敷は、その近くに家屋や学校が密集している場所なのです。柏原の高級住宅地は、手を伸ばせば届くような近距離ですし、柏原小、中学校、西武文理高等学校もすぐそばです。
百メートル上空で脱出すれば、彼らは確実に助かったでしょうが、その場合残された機体が民家や学校に激突する危険がありました。彼らは、助からないことを覚悟した上で、高圧線にぶつかるような超低空で河川敷に接近しました。そうして、他人に被害が及ばないことが確実になった段階で、万一の可能性に賭けて脱出装置を作動させたのです。
死の瞬間、彼らの脳裏をよぎったものは、家族の顔でしょうか。それとも民家や学校を巻き添えにせずに済んだという安堵感でしょうか。
他人の命と自分の命の二者択一を迫られたとき、迷わず他人を選ぶ、この犠牲的精神の何と崇高なことでしょう。皆さんはどうですか。このような英雄的死を選ぶことができますか。私は、おそらく皆さんも同じコースを選ぶと思います。私も必ずそうするでしょう。実は、人間は、神の手によって、そのように作られているのです。
 人間はすべてエゴイストであるというふうに、人間を矮小化、つまり実存以上に小さく、卑しいものに貶めようとする文化が今日専らです。しかし、そうではありません。人間は本来、気高く偉大なものなのです。火災の際の消防士の動きを見てご覧なさい。逃げ遅れている人があると知れば、彼らは自らの危険を忘れて猛火の中に飛び込んでいくではありませんか。母は我が子のために、父は家族の為に命を投げ出して戦います。それが人間の本当の姿なのです。その愛の対象を、家族から友人へ、友人から国家へと拡大していった人を我々は英雄と呼ぶのです。
あのジェット機は、西武文理高等学校の上を飛んで河川敷に飛び込んでいったと、佐藤校長はパイロットの犠牲的精神に感動しつつ語っておられました。
 しかし、新聞は、この将校たちの崇高な精神に対して、一言半句のほめ言葉をも発しておりません。彼らは、ただもう自衛隊が、「また、事故を起こした」と騒ぎ立てるばかりなのです。防衛庁長官の言動も我慢がなりません。彼は、事故を陳謝することのみに終始していました。その言葉には、死者に対するいたわりの心が少しもありません。
 防衛庁の責任者が陳謝することは、それはもう当然です。国民に対してばかりか、大切な隊員の命をも失ったのですから。しかし、陳謝の折りに、大臣はせめて一言、「以上の通り大変申し訳ないが、隊員が、国民の生命、財産を守るため、自らの命を犠牲にしたことは分かってやって頂きたい。自衛隊に反発を抱かれる方もあるかも知れないが、私に取り彼らは可愛い部下なので、このこと付け加えさせてもらいたい。」くらいのことが言えなかったのでしょうか。隊員は命を捨てて国民を守っているのに、自らの政治生命ばかり大切にする最近の政治家の精神的貧しさが、ここには集中的に表れています。まことに残念なことであると思います。このような政治家、マスメディアが、人間の矮小化をさらに加速し、英雄なき国家、エゴイストのひしめく国家を作り出しているのです。

人は、他人のために尽くすときに最大の生き甲斐を感ずる生き物です。他人のために生きることは、各人にとり、自己実現にほかならないのです。
国家や社会に取り、有用な人物になるために皆さんは学んでいます。そのような人材を育てたいと思うからこそ、私も全力を尽くしているのです。
受検勉強で精神的に参ることもあるでしょうが、これは自分のためではなく、公のためである、そう思ったとき、また新しいエネルギーが湧いてくるのではないでしょうか。受験勉強に燃える三年生に、連帯の握手を!

    :::::::::::::::::::::::::::::


報道がどうであろうと、そういうところに気がつくことも実は大切だったのかもしれないですねえ。今となっては記憶も曖昧ですが、自分がそのときそういうことに思いが至ったかどうか、ちょっと気にかかります。
 


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本気度が違うよねえ

2007-05-15 23:26:20 | Weblog
中国のパクリ遊園地のパクリの程度の低さには何度テレビをみても笑ってしまいます。

なんでだろう??

日本のディズニーランドのアトラクションの絵の中の「錆」をアルバイトで芸大の日本画家の卵が描いたと最近聞きました。いったい中国では誰が描いているのでしょう。

広い中国、技術にすぐれた人はいくらでもいるのに、まるで高校生の文化祭レベルの絵やらかぶりもの。

思うに中国では、技術のある人は偉い人として、子供の遊園地ごときの絵を描くのはプライドが許さないのかな?
それとも、子供向けのものなんて、子供だましでいいと思っているのか?
値段も値段だしと。

そこが、日本のアニメが世界に広がった理由かもしれないなあ。
子供に見せるものだからと、子供だましのいい加減なものでいいというような作り方はしていないもの。

かつて子供と見た、映画のドラえもんにもセーラームーンにも、クレヨンしんちゃんも、大人でありながらけっこう本気で涙したものだった。中には名作だと思える作品もあった。

無名の人が収入なんてことを考えずに、どれだけ心血注いでこうした子供向けのものを作っていることやら。たぶん、子供のためというより自分のためだとは思うけれど。

例のパクリ遊園地が国営だということは、ま、あの低レベルパクリになった理由でもあるのでしょうけれど。

技術の高い者がその社会の中でどう動くかで、その社会ありかたが変わってしまう良い例のような気がしてならない。

社長が社長室でふんぞり返ってしまうのか、時に現場で指揮をとるのか。
技術者が背広を着てしまうのか、生涯現役として作業着ですごすのか。
職人がプライドを持って仕事ができる環境にあるのか。その仕事のレベルの高さを賞賛する世間の目があるのか。

それぞれの仕事の世界で、質を高めていくことにプライドを持っている人間の数が多いか少ないかが、その国の発展を決める分かれ目ってことなのでしょうねえ。

それにしても、レベル低すぎて、文句いう気も失せてしまいそうだわ。中国のパクリ遊園地。


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歴史の真実が顔をだすとき

2007-05-13 03:49:10 | Weblog
indepenndent parade of Indonesia

日本がアジアの国々に対して大戦で何をしたか、この動画を見るとはっきりわかる。

いったい憎悪の対象の国の軍歌を、他国の国民がこんなに喜喜として歌うだろうか。

娘を銃で脅されて拉致されたとしたら、60年もの間その国の歌を覚えて歌い続けてくれるだろうか。

どんなに戦勝国が歴史を捏造しても、真実はいろんなところから顔をだすもの。

日本のマスコミでは絶対こんな動画を流すことはないだろうから、ネットさまさま。

そしてこれらの歌を若い世代は知らないかもしれないけれど、かわりに日本のアニメソングを歌っているかもしれない。

ネットで世界の大国の身勝手さを目の当たりにしてみると、日本がどんな国よりも精神性の高い国なんだと気づかされるこの頃。

客観的に自己評価してみれば、まだまだ未熟なところばかりだけれど、相対的に見たら自分を高めていくことを真摯に続けている数少ない国なんだと実感する。

自分の姿を等身大に見るというのは簡単でないけれど、洗脳から覚めて、日本の本当の姿に向き合うときがきているのだろうと思う。

あちらこちらのブログで、同時にそういう声が上がっているのをみると、やっと機が熟したらしい。会ったこともない方たちだけれど、日本のあちらこちらで同じ思いを共有している同志?がいるような、魂のつながりさえ感じてしまう。

日本が神の国だと森さんが言ったときは、なんとも上滑りな表現にしか聞こえなかったけれど、今ではもしかすると本当にそうかもと思えてしまう私は、ちょっと危ない人になりかけてるのかなあ。





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捏造で60年間も糾弾されてる日本がかわいそすぎる

2007-05-09 00:33:08 | Weblog
THE FAKE OF NANKING - 1

http://prideofjapan.blog10.fc2.com/ ←こちらで紹介されてました。

戦勝国アメリカの虎の威を借ってプロパガンダし続けた中国は最低国家。

ちょうどhttp://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/970061.htmlのニュースもなつかさんのところで紹介されていました。

世界中で中国の薬のせいで命を失った子供がいるなんて。

中国ってほんとお金のためなら他人の命なんてなんとも思わない国なのね。
企業倫理0。民度最低ランク。

中国にだけは人道がどうのと言われたくない。

日本鬼子だと教わって、自国の実像も知らずに日本を批判していると思うだけで怒りが沸いてくる。
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なくならないマルチ

2007-05-05 22:08:24 | Weblog
絵に描いたようなマルチ商法から証券詐欺?へと進んでいる友達がいる。

私に、マルチの健康食品を勧めてきた時点で私は連絡を絶ったけれど、今度は同じ会社の「公開前」株だから儲かると薦めるメールがきた。

信仰と栄養を合体させた商品である時点ですでにおかしいのに、今度は資金集めとはいよいよ怪しい。なぜ気がつかない。

月30万以上の賃貸住宅に住めるのだから、たぶん幹部に近いところまで行っているのだろうけれど、そうした会社が最後まで残った話は聞いたことがない。

賢く美しい人だったのに、今は見る影も無い。

信仰から目覚めることがなければ、あるいは幸せかもしれないけれど、マルチの行きつく先はいつも同じ。

でも、数年前に大豆蛋白をマルチで買っていたことがあるけれど、あの会社はまだ破綻してなかったなあ・・・。必ず破綻するかどうかは、トップがお金の魔力に取り付かれてしまうかどうかにかかっているのだろうか??それとも下部の人間を大量に経済破綻させなければなにげに続いて行くものなのだろうか。

今は忠告してどうなるものでもなく、ただ軟着陸できることを祈ってあげるしかない。


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