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惨殺

2007-12-05 02:20:47 | Weblog
長いこと、日本人は本来穏やかな性格だから、残虐なことを好まないのだと思っていた。

でも、
「警察署前の真向かいにある建物の7階から次々とアルメニア人が突き落とされ、広場では妊婦が腹を裂かれて火あぶりにされた。私は石畳の上で裸にされ、数十人の男に強姦された。死んだと思って助かった。警察も見て見ぬふりだった・・・」

というアジェルバイゼン人による大襲撃事件の記述を読んだとき、ふと気がついた。

イラクやアフリカのスーダンでの一般の住民の手による住民の大虐殺の記事も同じような内容だが、

ただの殺人ではなくて、まるで報復のための惨殺だ。長い歴史の中で血で血を洗った争いが遺伝子レベルにまで刻み込まれてしまったかのようだ。

日本は島国で他民族に侵略されずらかったせいなのか、水と土地が豊かだったせいなのか、ここまでしたくなる長期にわたる憎しみの連鎖はなかった。

また、日本の宗教は自然崇拝の上に多神教で、排他的ではなく、神が人間にジェノサイドを命令することもない。博愛主義にみえるキリスト教も、本来は同じ宗教の人間でなければ隣人とは呼ばない。

さまざまな条件がそろって、日本は遺伝子に刻み付けるような憎しみを持っていないから、惨殺志向を持たずに済んできたのかもしれない。幸せなことだったと言える。

日本人は、単純な正義感や援助で、世界の根深い憎しみの連鎖が簡単になくなるという幻想は捨てたほうがいいのかもしれない。到底本当のところは日本人には理解できようはずもないし。

中国が軍隊で惨殺の歴史を現代になっても塗り替えているのはまた信じられない暴挙だ。あの民族の歴史は余程に血塗られたものだったのだろう。

そしてその隣にあって生き延びてきた朝鮮は、余程にしたたかであったのだろうとも思った。

日本海に感謝せずにはいられない。







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