活かして生きる ~山里の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

自灯明 法灯明(じとうみょう ほうとうみょう)

2016-02-10 05:06:00 | おシャカ様

おシャカ様は最後に、

「法を灯明として進んでいきなさい 〈法灯明〉、

自ら(そのもの)を灯明として進んでいきなさい 〈自灯明〉、

その他、他を求めてはいけません」

と、お示しになられました。

 

何を目標にして行かれたらよろしいかと言いますと、

「禅」 で言えば、「ただ 坐る」 のでは本当の 「坐」 にはなりません。

 

「ただ」 というのは人の考えです。

「坐」 というものに、「人の考え、我見」 というものが、くっついてしまいます。

「坐禅は坐禅なり」、そういう 「坐」 に徹していただかなければなりません。

 

「ただ」 もなければ 「坐禅」 もないありさまです。

ごく単純にそのことだけで足りるように務めていただきたいと思います。

 

これは、「坐禅」 だけのことではありません。

仕事においても、日常生活においてもそうです。

そのものの為に、そのものを行ずるのです。

 

そのことで、そのことは終わっているのです。

そこに一切の意味付けや意義付けを行わないことです。

それが真の修行、「静中(じょうちゅう)の禅、動中の禅」 です。

 

別の言い方をすれば、「今の事実」 に徹する事です。

「今の事実」 以外、悟りは求めてはいけないのです。

 

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