活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

身口意(しんくい)の坐禅1

2016年12月25日 | 坐禅

坐禅というのは 「行住坐臥(ぎょうじゅうざが)」、

つまり、私たち衆生の日々の生活そのものです。

 

「平常心是道(びょうじょうしんぜどう)」 であり、

「身口意(しんくい)の三業(さんごう)」、即ち

「身と口と意(こころ)の煩悩」 も 「坐禅」 なのです。

 

「菩薩は煩悩をもって悟りとなす、

凡夫は悟りをもって煩悩となす」

というお言葉があります。

 

同じ物ですが、自分が 「空」 になってからと

「空」 になる以前というのは、それだけの

相違が出て来るということです。

 

有名な趙州(じょうしゅう)禅師は、

「昔は十二時(時間)に使われていたが

実際自分が目醒めてみると、十二時を

使うようになった」

と、語っています。

 

「身口意の坐禅」 ですが、三業(さんごう)

「身業、口業(くごう)、意業(いごう)」

ということがありますが、今こうして静かに

心を起滅するものを一切相手にせず

邪魔にせずに坐っている様子が

「身の坐禅」 です。

 

作務(仕事)も 「身の坐禅」 です。

ただそれを禅と名付けないだけの話で

坐禅を知らない人でも、知っている人でも

みんな坐禅を行じているのです。

 

知(識)らずに 「禅の真っ只中」 にいる

ということです。

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