自分を立てること、「一念」がどれだけ、ものと自分との間に大変大きな隔てを
つけるかということです。
そこで、修行というのは「一念の生ずる根本」を見極めなければいけないということです。
念として生じたものはすべて影です。
私たち衆生は「一念、一念」といいますが、それは全部影ですから、それを追いかけて
解明しようといっても、どうにもならないのです。
「今、一日」にとてつもない数の生滅が繰り返されているわけですから、解明しようと
思っても解明のしようがないのです。
別の言葉で言えば、刹那のうちに生じ、刹那のうちに滅していくわけです。
「いつでも新しいものが、そこに出現している」ということです。