著作権法

著作権法についてしっかり考えてみませんか。

翻訳権の10年留保

2006-09-25 03:09:31 | Weblog
■「翻訳権の10年留保」とは?

 「翻訳権の10年留保」とは、1970年まで効力を有していた旧著作権法で認められていた制度で、海外の著作物の翻訳が10年出ていないときには、日本ではその作家の翻訳+印刷による複製の権利が切れるというものです。発行が講和条約前の場合には、この10年に一定期間の「戦時加算」も加わります。

 1971年から施行された現在の著作権法にはこの規定はありません。しかし、1970年までに発行された著作物についてはこの「翻訳権の10年留保」は適用されることとなっています。したがって、例えば1970年に発行された海外の著作物は、1980年までに邦訳されていなければ日本の出版社は81年以降自由に翻訳し出版することができました。
 多くの作品がこれにより日本で邦訳が出されたようです。確認はしていませんが、著作者が生存しているかどうかはまったく問われないので、著作者がまだ生きている間も日本ではこの規定を適用することにより多くの作品が邦訳され出版されていたようです。

 ■青空文庫のリストに

 で、10年留保の規定で日本での翻訳等が自由になった作品は、現行法の下でも、翻訳し出版することは自由です。
 ただし、翻訳と印刷が自由ということのようなので、それ以外の利用については権利が残るのかもしれません。インターネット上にアップロードすることは難しいのでしょうか。しかし、「印刷」は大丈夫なので、書物としては出版発行が可能です。

 ■戦時加算廃止との関連

 最近著作権関係団体が、保護期間の死後50年までから70年までへの延長を文化庁に要望したようです。その中で、戦時加算は廃止すべきだという意見も表明されていたとのことです。
 しかし、戦時加算は、連合国が日本との戦後の枠組みを規定する際に決められた秩序ですから、いかに「不平等条約」とはいえ、その廃止は容易ではないでしょう。少なくとも「沖縄の復帰なくして戦後は終わらない」などといった政治家の情熱と同じくらいの情熱を持った政治家が現れないと、その廃止は難しいのではないでしょうか。

 しかし、この戦時加算を廃止するには一緒に「翻訳権の10年留保」も廃止したらよいではないかという議論もあります。確かにこうしたセットでの議論なら連合国も乗って来やすいのではないかとも思えます。
 だが、翻訳権の10年留保は、現行法の著作権法には規定はありません。現在ではこの10年留保により翻訳権が新たに切れる著作物はありません。1980年末をもって自由な翻訳ができる海外の著作物リストに新たな著作物は加わらなくなっています。

 ■保護の復活?

 したがって、戦時加算廃止の取引として提案できる翻訳権の10年留保の廃止はといえば、意味あるないようにするのであれば、それは「保護の復活」しかありえません。
 「保護の復活」は著作権の分野では基本的には行わないこととしているようです。保護があって、いったん保護期間満了で公有になったものを、また再び保護するというのは、社会的に混乱が大きいと考えられるからです。「ローマの休日」も、今なぜ問題になっているかといえば、映画の著作物の保護期間を公表後50年から70年に延長したときに、復活はしない・・つまり、いったん保護が切れたものは復活しないという立法措置をとったからこそ、保護が切れているのかどうかが問題となっているのエス。
 したがって、「保護の復活」になるような「10年留保の廃止」はありえないでしょう。つまり、10年留保を廃止したとしても、この10年留保の規定の適用により出版された著作物については、そのまま出版が継続できるようにすべきでしょう。


知的財産戦略(その2)

2006-09-18 23:36:56 | Weblog
■知的財産戦略とデジタル・コンテンツ

 知的財産戦略の中でも、著作権に関する部分は「コンテンツビジネスの飛躍的拡大」ということで、30年以上も前の産業振興政策をやっているというのが私の理解です。だからこそ、業界エゴもの要素も入ってきたのでしょう。
 その典型が、「レコードの還流防止措置」です。CDの国内の価格は、再販価格維持制度で米国などに比べるとはるかに高い価格が保たれているのですが、その制度を温存したまま、中国からの低価格な輸入版を止めようとするのですから、こんなに筋の悪い話はありません。普通の産業なら、安く生産できる中国等に工場を建設し、そこでできた製品を日本で売るはずです。衣料品のユニクロにしても、100円ショップのダイソーにしても、そこで売られている安価な製品は、中国製のものが非常に多いことは、誰の目にも明らかです。
 還流防止措置は、非常に問題の大きい制度であり、それを担いだ知的財産戦略は、非難されてしかるべきでしょう。

 しかし、知的財産戦略本部は、最近になってユーザーのことを考え始めました。昨年から今年にかけて検討を行った同本部のコンテンツ専門調査会のデジタルコンテンツWGは、「ユーザー大国」という概念を掲げましたが、些か遅きに失した感があります。
 動機としては、地上デジタル放送のコピー制限の議論が行き詰っているのをみて、放送事業者ではなく電気機器メーカーの肩を持つ形で「ユーザー大国」といっているような気がしてならないのですが、ユーザーの立場に配慮し始めたことは、望ましいことだと思います。

 しかし、新たな業界のエゴを擁護し始めました。それが、IT業界です。ITビジネスの振興を強く意識するあまり、そこに提供されるコンテンツにかかる権利者の意向が軽んじられる気がしてなりません。
 私が主張したいのは、その点です。IT業界保護のために、創作する人の立場が軽んじられているのは問題ではないかという点です。

■大切なのは「創作者」

 知的財産戦略本部は、「クリエーター大国」ということも言っています。噂によれば、コンテンツ専門調査会の会長の牛尾治朗さんがこれを強く主張したのだとか・・・
 私も、著作権制度で何が最も大切かというと、創作する人の努力に報いることだと思っています。額に汗して作品を作り上げた個々のクリエーターの立場は、今の日本はあまりにも低すぎます。そのような人たちの権利も「コンテンツの流通の円滑化」ということで、軽んじられる傾向にあります。
 「権利処理」という言葉がありますが、「処理」は、「ゴミ処理」、「むだ毛処理」というように使われる用語で、著作権についても、その程度にしか認識されていません。創作したり演奏したり様々な活動をしている「クリエーター」にとってはあまりにも可哀想すぎます。

■ 特許のほうが消費者泣かせ

 知財戦略に長けているというある優良企業は、自社が販売しているプリンターのインクについて、詰め替えができる他者のビジネスを、特許権侵害として訴え、勝訴を勝ち取りました。消費者にとって、また環境にとっても有益なビジネスの試みが、日本を代表する優良企業(しかも経営者は経済界の重鎮)によって葬り去られたのです。
 医薬品についても同じことが言えます。医療行為についても特許の対象とすべきだという議論がありましたが、製薬会社がそれを支持していたようです。理由は、もしそれが特許の対象となるのであれば、医薬品の特許の期間が実質的に延長されるからだということのようです。
 お医者さんの反対で医療行為自体は「特許」の対象にはなっていませんが、こうした議論の過程では、患者・消費者というかユーザーの意向はこれっぽっちも配慮されていません。

■きちんとした知的財産戦略を

 ただ単にコンテンツビジネスを振興するという経済産業省の考え方に即するだけでは、政府としての「知的財産戦略」としては不十分です。
 創作する者をもっと大切にして、日本で様々な作品が製作され、世界に打って出ようとすることを、もっと支援してもいいのではないでしょうか。
 
  

知的財産戦略

2006-09-18 02:06:45 | Weblog
■知的財産戦略とは

 2004年2月、小泉総理は施政方針演説の中で「知的財産戦略」を謳い、我が国の近年の知的財産に関する本格的な取り組みがスタートしました。
 すぐに「知的財産戦略会議」が組織され、その年の7月には「知的財産戦略大綱」がまとめられ、史上初めて(?)、日本の各省にわたる知的財産に関する取り組みがまとめられました。
 そして、その「大綱」に基づき、「知的財産基本法」が成立し、2005年3月には、同法に基づき政府に「知的財産戦略本部」が設けられます。事務局長には、史上初めて「知的財産評論家」を名乗る荒井寿光元特許庁長官が就任しました。
 その後、知的財産戦略本部は、様々な施策を打ち出していきます。最も大きな成果は「知的財産高等裁判所」の創設でしょうが、他にも、模倣品・海賊版対策のための条約を締結する動きがG8サミットにおいて提唱されるなどの取り組みがなされています。

■知的財産戦略と著作権制度

 著作権制度も知的財産制度の一環として、知的財産戦略本部は様々な取り組みを行ってきました。新しいところでは、IPマルチキャストの著作権法の取り扱いについての提言などがあります。世間の流れは大きく著作権法の改正に傾き、文化庁はそれをうけて著作権法の改正にむけて具体的に動き出しました。

 しかし、著作権にかかる分野では、知的財産戦略においては、基本は「コンテンツビジネスの拡大」です。
 人材育成や資金調達海外展開など、映画産業やレコード産業などの抱える問題点を浮き彫りにして、問題解決のための方策を打ち出していますが、その手法は、30年以上も前に国が製造業の振興において打ち出した施策をそのままなぞっているように見えます。
 特許の分野が、文字通り特許制度にかかる戦略を打ち出しているのに対し、著作権分野は、「コンテンツ産業振興」が中心課題であり、著作権制度に関しても、産業振興のためにどうあるべきかという観点からしか議論されていません。
 したがって、コンテンツの「創造」よりも「円滑な利用」に重点が置かれ、その観点からの制度改正が唱えられることはあっても、保護を強化しようという発想は出てきません。

 知的財産戦略を政府全体として進めるのであれば、もっと文化政策的観点が取り入れられなければならないでしょう。創作する人の立場にもっと配慮しなければいけません。「著作権はビジネスの障害になっている」と考えるIT長者の意見ばかり聞いていると、ろくな戦略は立てられないような気がします。

9月12日朝刊新聞記事

2006-09-13 00:14:11 | Weblog
■日本経済新聞

 一面トップに地上デジタル放送のネット配信に関する規格統一を目指す「IPTVフォーラム」というのを総務省が立ち上げるという記事が出ていた。で、著作権に関しては、5面に「ネット配信をする際の番組著作権処理について、最終的にどのように扱うかは、決まっていない。」として見出しには「著作権なお課題」とある。

■朝日新聞

 一方、朝日新聞は、実演家とレコード製作者がテレビ番組をネットで配信する際の集中処理が10月8日には始まるという記事を掲載している。文化庁に正式の手続きを9月8日に届け出たのだとか・・・

■比較すると・・・

 日経の記事を書いた記者は、実演家等の集中処理の動きを察知していなかったのだと思う。しかし、デスクも気がつかなかったのか・・・
 朝日の記事を読むと「発表した」とあるので、おそらく日経の記者も誰かはこれを知っていたはずだろう。その情報が、今回の日経の特ダネ(?)記事には、反映されなかったというわけだ。記者が知っていたら、それも踏まえて、もう少し違う表現になったのだろうに・・・と思う。

■著作権に関する報道は・・・・・・・

 おそらく、総務省の担当の記者も書くのだろうし、経済産業省の記者も書くのだと思う。文化欄に掲載されている記事は文化部の記者だろうし、文化庁の動きは文化庁というか文部科学省担当の記者が書いているのだと思う。
 レコード業界の動きをフォローしている記者は、今回の集中処理の発表を聴いていたかもしれない。
 著作権の問題は、経済にも絡むし、文化・芸能にも絡んでくる。中身も専門用語がたくさん出てくるし、きっと新聞記者泣かせの話題なのではないかと思う。
 しかし、特定の業界をフォローする立場からではなく、もっと公平・中立な立場から報道されてもよいのではないかと思うのだが、そのような記事を書ける人っているのだろうか。著作権をめぐっては様々な課題があるが、そのような公平・中立的な報道がなされることが、実は大変重要なことではないかと、私は密かに思っている・・・・
 

映画の著作物の頒布権

2006-09-03 23:33:33 | Weblog
 ■進学塾ビデオ教材

 上の娘が使っていた進学塾のビデオ教材は、現在販売されていない。ネットで授業のような解説を視聴することができるようになったので、そっちに全面的に移行するようになったのだろう。
 しかし、ビデオ教材には、現在のネットでの授業に比べると、基本的事項の解説部分があるという。そのようなことで、このビデオ教材は求める声が少なくないようだ。

 Yahooのオークションにも時々出ているらしい。結構いい値段がつくという。
 ウチでも、下の娘がこれを利用したら、オークションに出そうかなと思っている。

 ■映画の著作物の頒布権

 著作権法では映画の著作物について「頒布権」という権利が権利者に与えられている。それによれば、映画の著作物の複製物を勝手に第三者に販売したりレンタルしたりすることは許されないのだ。

 しかし、最高裁判所は数年前、ゲームの映像に関してであるが、頒布権は消尽するという判断くだした。その判断からすると、ビデオカセットを第三者に転売することは問題ないことになる。

 ■消費者の立場に立てば・・・

 消費者の立場に立てば、欲しいと思っている人にこの塾のビデオ教材を譲渡できればいいし、それで対価を得られるのならそれに越したことはない。正規ルートで入手できないのなら、オークション経由で売買されることはあっていいと思う。正規に販売しているのではないのなら、権利者の権利も害することにはならないしね・・・

 他の事例でもおもうのだが、アクセスできない状態にする権利者は、特段の理由がない限り、権利主張すべきではないと思う。
 今回は、複製行為はないけど、複製行為があったとしても、とめるという方向での権利主張はすべきではないだろう。

著作権と文化

2006-09-03 04:06:23 | Weblog
 ■「香り」も著作権法の保護対象?

 フランスの著作権法は、香りも保護していると聞いたことがあります。本当なのか、確認したことはないのですが、もしそうだとしたら、本当にフランスらしいと思います。
 フランスは、偽ブランド商品の個人的な輸入なども処罰の対象としているそうですが、それと似たところがあるように思えます。ファッションだとか文化を大切にしているお国柄が反映されているなぁと思わずにはいられません。

 ■日本では文化庁が・・・

 米国は特許・商標庁が著作権制度を所管しています。たしかその長官は、商務省の次官だかなんだかをかねているのではなかったか・・
 つまり、著作権制度は米国では、知的財産権制度の一環として扱われ、その知的財産権制度は産業にかかる制度とされているわけです。もっとも、米国は連邦霊不レベルでは文化を所管する役所はないですけどね。

 これに対して日本では文化庁が著作権制度を所管しています。

 今年初めのころ、総務大臣の私的懇談会が通信放送の融合について議論を始めたとき、総務省や経済産業省に通信放送関係の事務が散らばっているがそれを一括する組織にして、そこに著作権のこともやらせたらいいのではないかという議論がありました。
 しかし、さすがに総理の信任厚い大臣のもとの懇談会とはいえ、そうした省庁再編までは提言できなかったようです。

 また、昔から特許庁が他の知的財産権制度も一緒に所管したらいいじゃないかという議論もあるようです。
 しかし、産業財産権・・昔流に言えば工業所有権を経済産業省の外局である特許庁が所管し、種苗法を農林水産省が所管し、著作権法を文化庁が所管するというのは、一番行政で関連の深いところが所管しているという意味で、最も合理的なように思われます。

 ■著作権制度におけるパラダイム

 東大の中山教授は著作権制度は経済的な側面が大きくなってその性格を大きく変化させているという趣旨のことを言われたのは、まだ昭和の時代のころでした。コンピュータプログラムという、従来の著作物概念からすればちょっと違うものが著作権で保護されることを踏まえてのことと思われます。

 しかし、その議論は、コンピュータプログラムは著作権で保護するのではなく、産業政策的な観点を取り入れた独自立法で行くべきだという中山教授のかつてのお考えと切り離して考えることはできないのではないかという気がします。
 端的に言えば、「産業政策的に考えるべきコンピュータプログラムの保護が著作権法で保護されるようになったのだから、著作権制度自体が変質したのだ」と考えないと、従来の「コンピュータプログラムは独自立法で行くべし」という考えと整合性が取れないからです。印象論でしかないのですがそんな気がしてなりません。今度しっかり中山教授の論文を読んで、論考を建ててみようかなと考えたりしています。

 ■やはり、文化ではないか

 著作物は産業と密接に関連することは確かですが、それは昔から同様で「結びつき」が昔からすると強化されたというわけではありません。近年コンテンツ産業に社会的な注目が集まるようになっただけではないでしょうか。
 作品自体は作家との結びつきは大きく、そうした性格は他の知的財産権制度にはありません。結びつきが小さいのは、中山教授の指摘したコンピュータプログラムかもしれませんが、一般的には結びつきは大きいですね。

 著作権制度の一元論だとかいろんな議論はあるようですが、作家の精神的活動の所産が著作物だと考えて、文化の観点を大事にするのが、著作権制度のあるべき姿ではないかと思います。こんな考え方は古すぎるでしょうか。