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『「かわいい」論』、かわいいと平和の関係(3)

2010年12月11日 | マンガ・アニメの発信力の理由
◆『「かわいい」論 (ちくま新書)』(四方田犬彦)

再び『「かわいい」論』に戻って話を進めたい。たとえばサンリオのキティちゃんは、いまや世界で子供を中心とした消費社会の中枢を占めるまでになっている。「かわいい」が海を渡り、国境を越えて受容され、巨大な産業として発展している例である。一方で、アメリカの少女たちはほぼ十二歳ぐらいでキティちゃんを卒業するのに、東アジア、とくに日本では、成人してからもキティちゃんを愛好する女性が多いなど、文化的な違いと思われる現象もあるという。

そのような受容の仕方の違いはあるにせよ、日本発の「かわいい」文化が世界中で受け入れられている現実があるのは確かである。そこで著者は、「かわいい」は日本文化に深く根ざした特殊なものだからこそ世界で珍重されるのか、それとも世界中の人間が享受しうる、何らかの普遍性をもつからこそ受け入れられるのか、という問題を提起している。ただし著者は、この問題は結局、従来から対立している二つの文化観、すなわち伝搬論か原型論かという宿命的な問題に帰着してしまうとし、この問題をどちらか一方に結論づけるのは避けている。

私としては、そこに両方の側面があるといわざるを得ない。そう言うと、結局同じように結論を避けているだけではないかと言われそうだが、問題は両方の側面があるということを根拠を示して説明することだろう。

まず文化の普遍性、原型論の立場からいうなら、これまで何度か触れた縄文文化とケルト文化の類似性を思い起こすことが重要である。そして日本文化の特殊性、およびその伝搬という立場で論ずるなら、なぜ日本で農耕文化以前の漁撈・採集的な縄文文化の残滓が生き残りつづけたかという問いに注目する必要があるだろう。

縄文文化とケルト文化については、日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化というエントリーで触れたことを思い起こしてほしい。簡単に要約しよう。

ケルト巡り』(河合隼雄)でも語られるように、かつてケルト文化は、ヨーロッパからアジアにいたる広大な領域に広がっていた。しかしキリスト教の拡大に伴いそのほとんどが消え去ってしまった。しかしアイルランドなどにはケルト文化が他地域に比べて色濃く残る。そのケルト文化には、私たちの深層に横たわる縄文的心性と深く響き合うものがある。

私たちは、知らず知らずのうちにキリスト教が生み出した、西洋近代の文化を規範にして思考しているが、他面ではそういう規範や思考法では割り切れない日本的なものを基盤にして思考し、生活を営んでいる。一方、ヨーロッパの人々も、日本人よりははるかに自覚しにくいかもしれないが、その深層にケルト的なものをもっているはずだ。

ケルトでは、渦巻き状の文様がよく用いられるがが、それは古代において大いなる母の子宮の象徴で、生み出すことと飲み込むことという母性の二面性をも表す。またそれは輪廻の渦でもある。父性原理の宗教であるキリスト教が拡大する以前のヨーロッパには、母性原理の森の文明が広範囲に息づいていたのだ。

日本の縄文土偶の女神には、渦が描かれていることが多い。土偶そのものの存在が、縄文文化が母性原理に根ざしていたことを示唆する。日本人は、縄文的な心性を色濃く残したまま、近代国家にいちはやく仲間入りした。そこに日本の特殊性がある。

縄文的な心性を現代にまで残してきた日本文化の特殊性は、世界のどの文明もかつてはそこから生れ出てきたはずの、農耕・牧畜以前の母性原理に根ざした狩猟・採集文化という原型の記憶を呼び覚ますのだ。

《関連記事》
日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化

「カワイイ」文化について
子どもの楽園(1)
子どもの楽園(2)
子供観の違いとアニメ
『「萌え」の起源』(1)

《関連図書》
★『世界カワイイ革命 (PHP新書)
★『「かわいい」の帝国
★『逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)
★『「萌え」の起源 (PHP新書 628)
★『ケルト巡り
★『ケルトと日本 (角川選書)
★『共生と循環のコスモロジー―日本・アジア・ケルトの基層文化への旅)



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