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今、日本のポップカルチャーが世界でどのように受け入られ影響を広げているのか。WEB等で探ってその最新情報を紹介。

欧米にない日本の大衆社会のユニークさ

2009年04月05日 | coolJapan関連本のレビュー
◆『格差社会論はウソである』(2)

世界中のほとんどどの国にも大衆をがっちり支配する知的エリート階級が存在する。しかし日本ではそのような階級はすでに崩壊してしまったか、崩壊寸前だと著者はいう。何とか自分たちの失地を回復したい日本の知的エリートは、日本について悲観論を繰りかえし、大衆を脅しつけることで支配したいのだ。あらゆる格差の中で知的エリートと大衆との間の格差ほど深刻で、根絶するのが難しい格差はない。ところが日本では、この知的能力格差が消滅寸前に近いという。政治家を一種の知的エリートと捉えれば、そのお粗末さは誰もが納得するだろう。

先に紹介した『上品で美しい国家―日本人の伝統と美意識』や『カウンターから日本が見える 板前文化論の冒険 (新潮新書)』の中で伊藤洋一氏は、日本の文化のいちばん強いところは庶民的であるとともに、民主主義的であることだといった。日本文化が庶民から生まれた民主主義的な文化だからこそ、世界に受け入れられる。これは、知識人と大衆のあいだで知的能力格差が少なく、大衆の知的レベルが高いとうこととも深く関係するだろう。

日本の大衆のレベルは高い。「大衆・女・子どもこそが、日本経済の今後の繁栄を約束する世界一貴重な資源なのだ」と著者はいう。日本では、「女子どもののために」中年男が作りだす消費社会ではない、本当に女子どもが主人公の消費社会、知的エリートに統制されない大衆社会が形成されつつあるというのだ。

よく知られるように連載マンガのストーリーは、読者である子どもからのフィードバックを通して変えられたり発展されたりする。これは、子どもが独立した消費者となっているからこそ可能なことだ。欧米では、子どもが何を買わせるかついて親が支配する度合いが高いようだ。

日本の子どもは、ひとりで電車で学校に通うこともある。小学高学年なら、友だち同士で電車に乗り、遊んで帰ってくる。こんな安全な社会環境が存在するのは日本だけだ。それに比べアメリカの子どもたちにとって自由に動きまわれる街は、郊外ショッピングモールぐらいのものだ。

さらに日本では、おたくや若者が主導する形で新しい文化や街が出来ていく。秋葉原や、池袋の乙女ロードなどがそれだ。子どもが一方的に巨大資本の餌食となっているとしか思えない欧米社会とは、文明の成り立ちが違っている。

日本のポップカルチャーが世界に受け入れられる背景には、女子どもが主人公の消費社会、知的エリートに統制されない独特の大衆社会が形成されているということがあるのかも知れない。

大著といってもよい厚い本なので、その内容のごく一部しか紹介できないのは残念だが、すこぶる興味深くいっきに読んだ。電車の中で夢中になって読み続け、2回も乗り越してしまった。あわや3回目の乗り越しかと思ったが、ドアが閉まる直前に降りることができた。それぐらい、新鮮な視点とデータなどによる説得力に満ちた本であり、強く勧めたい本の一冊だ。

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