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『「かわいい」論』、かわいいと平和の関係(1)

2010年12月07日 | coolJapan関連本のレビュー
◆『「かわいい」論 (ちくま新書)』(四方田犬彦)

マンガ・アニメなど日本のポップカルチャーを特徴づける要素のひとつに「かわいい」があるのは間違いない。そして近年、世界に広まった日本語のなかでも、いちばんポピュラーなのが「かわいい」ではないだろうか。しかし、世界でこれほど人気の「かわいい」カルチャーを正面から論じた本は意外と少ないようだ。その意味でもこの本は貴重だ。

著者によると、日本語以外のいずれの言語でも「かわいい」に相当する単語にはいくぶんか軽蔑的で否定的な含みがあるという。だから日本以外では、美しいと呼ばれるとうれしいが「かわいい」と言われると子供扱いされたような不満を抱くという。

逆に日本では女性が男性に「美しい」と言われるとふき出してしまうだろうが、「君はかわいい」と言われれば、それを相手の男性の真意と受け止めるだろう。「美しい」という言葉は日常の日本語の中でそれほどこなれていないのだ。

この指摘を読んで感じたのだが、元来「かわいい」は二人称的な関係の中での相手に対する主観的な感情を表すが、「美しい」は、より客観的な評価に近いのではないか。「かわいがる」という日本語は普通に使われる、「美しがる」という言い方はかなり不自然だ。「かわいがる―甘える」というような親密な関係が、元々「かわいい」の背景にはある。親しい関係を成り立たせる場の存在が前提となっている言葉なのだ。

そんな「かわいい」が世界に広まるとき、客観的な真理よりもその場の状況を大切にする日本的な感性も同時に広まっているような気がする。「かわいい」人とは、成熟した美しさの持ち主ではなく、どちらかといえば子供っぽく、隙だらけで、たとえ頭の回転はよくなくとも、素直で無垢な存在なのだという。これはそのまま日本人が大切にしてきた価値観ではないか。まさにそうした日本人の価値観や感性が「かわいい」カルチャーを通して世界にひろまっているのではないか。

西欧との子供観の違いが、日本発の「かわいい」カルチャーが受け入れられる背景にあるかもしれない。西欧では、子供は未完成な人間であって、教え導かれ知性と理性を磨くことで、初めて一人前の「人間」に成ると考える傾向がある。子どもはその意味で「人間になる途上の不完全な存在」という文化が支配的であった。そういう文化圏では、「子供らしさ」や「かわいさ」に価値をおく日本のポップ・カルチャーが新鮮な驚きをもって迎えられたとしても不思議ではない。

《関連記事》
「カワイイ」文化について
子どもの楽園(1)
子どもの楽園(2)
子供観の違いとアニメ
『「萌え」の起源』(1)

《関連図書》
★『世界カワイイ革命 (PHP新書)
★『「かわいい」の帝国
★『逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)
★『「萌え」の起源 (PHP新書 628)

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