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日本文化のユニークさ32:縄文の蛇信仰(1)

2011年08月13日 | 現代に生きる縄文
◆安田善憲『森のこころと文明 (NHKライブラリー)

引き続き上の本などを参考にしながら、日本文化のユニークさ5項目のうちとくに(1)「狩猟・採集を基本とした縄文文化が、抹殺されずに日本人の心の基層として無自覚のうちにも生き続けている」にかかわる問題を探っていきたい。

古代の日本は蛇信仰のメッカであった。蛇は祖神(おやがみ)である。外形が男根に似ているから、生命や精力、エネルギーの源とされた。脱皮をすることから生命の再生、更新の象徴とされた。マムシのように猛毒をもって相手を倒すから、人間を超えた雄そろろしい力をもつ存在として崇められた。(吉野裕子『蛇 (講談社学術文庫)』『山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰 (講談社学術文庫)』)

縄文中期の土器は、生々しい活力に満ちた蛇の造形で注目される。縄文土器の縄文そのものが蛇にい関係していたかも知れない。遮光器土偶の蛇のような眼は、おそらく縄文人の蛇信仰が呪術にとって大切な意味をもっていたことを反映している。土偶に蛇の眼を与えることで、死者の再生を願ったのではないか。また神社の注連縄(しめなわ)は、交合する雄と雌の蛇の姿を現すという。縄文人の蛇信仰が、現代日本のありふれた生活空間の中にも生き残っているのだ。

現代日本人にとっても山は信仰の対象となるが、縄文人にとって山は、その下にあるすべての命を育む源として強烈な信仰の対象であっただろう。山は生命そのものであったが、その生命力においてしばしば重ね合わされたイメージがおそらく大蛇、オロチであった。ヤマタノオロチも、体表にヒノキや杉が茂るなど山のイメージと重ね合わせられる。オロチそのものが峰神の意味をもつという。蛇体信仰はやがて巨木信仰へと移行する。山という大生命体が一本の樹木へと凝縮される。山の巨木(オロチの化身)を切り、麓に突き立て、オロチの生命力を周囲に注ぐ。そのような巨木信仰を残すのが諏訪神社の御柱祭ではないか。(町田鳳宗『山の霊力 (講談社選書メチエ)』)

ところで蛇信仰は日本だけに見られるのではない。蛇とかかわりの深いメソポタミアのイシュタル女神は、死と再生、大地の豊穣性をつかさどる祭祀にかかわりをもっていた。地中海沿岸も、かつては蛇信仰の中心であった。ギリシアの聖地デルフォイには、黄金の三匹のからまりあう大蛇が聖杯を捧げている彫刻があった。アテネのパルテノン神殿には、人間の頭をもった三匹の蛇がからみあった彫刻がある。この他にも蛇が表現された遺跡は多く、古代地中海の人々と日本の縄文人とは、蛇によって象徴される何かしら共通した世界観をもっていたのである。

森が消滅した現代のギリシアでは、夏の岩肌に蛇はめったに見れない。森が消えるとともに蛇も姿を消し、森のこころは永遠に失われてしまったのである。

しかし、蛇信仰の消滅については、気候や環境の変化を含めてもう少し詳細に語らなければならない。紀元前1500年から紀元前1000年の頃に地球界世界の人々に、世界観の大きな変化があった。蛇をシンボルとする大地の豊穣の女神から天候と嵐の男神へと中心が移動した。

ここでも気候の変動が深く関係している。紀元前1200年ごろ、西アジア一帯は気候が寒冷化した。ギリシア・トルコは、寒冷化とともに湿潤化したが、イスラエルやエジプトは寒冷化とともに乾燥化した。気候が乾燥化した地域の牧畜民は砂漠を追われて、農耕民の住むオアシスや河畔に侵入し、侵略するようになる。この牧畜民の侵入が、天候神中心の世界への変化に寄与した。天候神はもともと牧畜民のものであった。

これに対して牧畜民との接触のなかった日本列島の人々は、牧畜民の神々からの影響を受けることなく、多様な森の環境の中で育まれたアニミズム、あるいは多神教的な神々を維持する条件に恵まれていたのである。

《関連図書》
文明の環境史観 (中公叢書)
対論 文明の原理を問う
一神教の闇―アニミズムの復権 (ちくま新書)
環境と文明の世界史―人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ (新書y)
環境考古学事始―日本列島2万年の自然環境史 (洋泉社MC新書)
蛇と十字架

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