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『シュリーマン旅行記 清国・日本』(2)

2011年01月22日 | 日本の長所
◆『シュリーマン旅行記 清国・日本 (講談社学術文庫 (1325))

シュリーマンは、将軍と大名の関係に触れ、大名が臣下として服従していながら将軍に対抗する姿勢ももつと言っている。そして日本の社会システムについて次のようにいう。

「これは騎士制度を欠いた封建体制であり、ヴェネチア貴族の寡頭政治である。ここでは君主がすべてであり、労働者階級は無である。にもかかわらず、この国には平和、行き渡った満足感、豊かさ、完璧な秩序、そして世界のどの国にもましてよく耕作された土地が見られる。」

ここで「労働者階級は無である」というのは、もちろん政治権力としては無であるという意味だろう。この本はフランス語でパリで出版されている。フランス革命時の「第三身分は無である」が意識された表現かもしれない。注目すべきは次の文章で、にもかかわらずどの階級でも、区別なく平和、満足感、秩序、勤勉さ(よく耕作された土地)が行き渡っているというのである。つまり、先に挙げた清潔さとともに「日本の長所」としてまとめた項目のいくつかが、シュリーマンの報告から浮き上がってくるのである。

玩具についての記述もある。「本は実に安価で、どんな貧乏人でも買えるほどである。さらに、大きな玩具屋も多かった。玩具の値もたいへん安かったが、仕上げは完璧、しかも仕掛けがきわめて巧妙なので、ニュルンベルグやパリの玩具製造業者はとても太刀うちできない。」

それだけ子どもが大切にされ、子ども文化が確立されていたということだろうか。これは、イザベラ・バードなどの次のような記述と比較すると面白い。イザベラ・バードは明治11年の日光での見聞として書いている。

「私はこれほど自分の子どもに喜びをおぼえる人々を見たことがない。子どもを抱いたり背負ったり、歩くときは手をとり、子どもの遊戯を見つめたり、それに加わったり、たえず新しい玩具をくれてやり、野遊びや祭に連れて行き、こどもがいないとしんから満足することができない。他人の子どもにもそれなりの愛情と注意を注ぐ。父も母も、自分の子に誇りをもっている。毎朝六時ごろ、十二名か十四名の男たちが低い塀に腰を下ろして、それぞれの腕に二歳にもならぬ子どもを抱いて、かわいがったり、一緒に遊んだり、自分の子どもの体格と知恵を見せびらかしているのを見ていると大変面白い。その様子から判断すると、この朝の集まりでは、子どもが主な話題となっているらしい」。(『逝きし世の面影 (日本近代素描 (1))』)

こういう伝統は、マンガ・アニメ文化や「かわいい」文化とどこかでつながっているのだろう。

最後に「日本文明論」という短い章で、シュリーマンは「日本の文明をどう見たか」をまとめている。

「もし文明という言葉が物質文明を指すなら、日本人はきわめて文明化されていると答えられるだろう。なぜなら日本人は、工芸品において蒸気機関を使わずに達することのできる最高の完成度に達しているからである。それに教育はヨーロッパの文明圏以上にも行き渡っている。シナをも含めてアジアの他の国では女たちが完全な無知のなかに放置されているのに対して、日本では、男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる。だがもし文明という言葉が次のことを意味するならば、すなわち心の最も高邁な憧憬と知性の最も高貴な理解力をかきたてるために、また迷信を打破し、寛容の精神を植えつけるために、宗教――キリスト教徒が理解しているような意味での宗教の中にある最も重要なことを広め、定着させるようなことを意味するならば、確かに本国民は少しも文明化されていないと言わざるを得ない。」

全体にシュリーマンは、当時の日本の姿を、ヨーロッパ人の偏見からきわめて自由に、好奇心と好意と尊敬に満ちた明晰な眼で観察している。しかし宗教的な観点では、やはりキリスト教の偏見から抜け切れていない。要するに彼は、宗教的な面以外では日本人は高度に文明化しており、教育はヨーロッパより普及しているが、われわれのようなキリスト教をもっていない以上、真の意味で文明化しているとは言いえない、と言っているのだ。

一瞬垣間見れるこのような限界は、にもかかわらず、この本の価値を少しも減じていない。彼が描き出す、当時の日本の現実のなまの姿が細部に渡って生き生きと輝いているからだ。

《関連図書》
古代への情熱―シュリーマン自伝 (岩波文庫)
外国人が見た古き良き日本 (講談社バイリンガル・ブックス)
イザベラ・バードの日本紀行 (上) (講談社学術文庫 1871)
世界史が伝える日本人の評判記―その文化と品格 (中経の文庫)
逝きし世の面影 (日本近代素描 (1))

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4 コメント

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かわいい文化 (阿部明)
2011-01-23 01:18:19
>こういう伝統は、マンガ・アニメ文化や「かわいい」文化とどこかでつながっているのだろう。

つながっているどころか、まさしくそのものではないでしょうか?
 子供の笑顔の中に、自分の幸福だった子供時代の思い出を見ている大人は、可愛いと思わずにはいられないでしょう、
 西洋のように、不安と厳しい躾の嵐で育っている人間との違いでしょうか?
Unknown (Unknown)
2011-01-23 01:24:18
当時の状況を考えると日本にまで来られるヨーロッパ人には何らかの支援者がいたのだから、キリスト教圏以外の地域のことをキリスト教圏の地域と比較して手放しで褒めることはできなかったと思いますよ。
伝統から見る (cooljapan)
2011-01-23 16:12:56
阿部明さん、

代々受け継がれてきた、日本人の子どもに対する態度、子供を大切にする仕方、子どもの文化を大切にすること、教育の仕方などは、確かに、現代のマンガ・アニメ文化や「かわいい」文化と深くつながっていると思います。

その関係を探求することは大切なテーマですね。
確かに (cooljapan)
2011-01-23 16:22:11
シュリーマンは、帰国すればすぐに友人から「日本文明をどのように見たか」と聞かれるに違いないと想定し、その質問に答えるかたちでブログに引用した言葉を書いています。

だから少なくとも、キリスト教圏の友人たちの一般的な見解に合わせて、自分たちが優れているというその枠組みを打ち砕かないよう配慮した言い方になっているかもしれません。あくまでも推測ですが。

経済的、資金的には有り余るほど金があったはずではありますが。

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