風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

エフゲニー・キーシン ピアノリサイタル @ミューザ川崎(10月28日)

2021-11-01 22:07:14 | クラシック音楽




キーシンの日本ツアーの初日に行ってきました。
白状するとこのチケット、実は間違えて買ってしまったものでした。以前フレイレがインタビューで、
Which pianists from the past interest you the most?
Rachmaninov, Novaes, Horowitz, Rubinstein, Gieseking, Gilels, Benedetti-Michelangeli…
And right now, apart from Martha Argerich?
Daniil Trifonov. His Chopin is impressive.
と言っていたのですが、いつの間にか記憶の中でトリフォノフがキーシンに変わっていて。チケットをポチした直後に「なんか違うような…」と感じインタビューを読み返して、勘違いに気付いたのであった。
手放そうかどうか迷ったけれど、とりあえずキーシンの自伝を図書館で借りて読んでみたところ思いのほか正直で率直な文章に興味が湧き、せっかくの機会なので行ってみることにしたのでした。しかしポリーニに次ぐチケット代の高さには驚いた。。。

今回のミューザの席は、ハイティンクとヤンソンスの時に座ったのと同じ辺りだったので、お二人とも楽しそうに幸せそうに指揮されていたな…と少ししんみりしてしまっていた開演前の私でした。が。

【J.S.バッハ(タウジヒ編):トッカータとフーガ 二短調 BWV565】
第一音から、お目目パッチリ
キーシンの演奏をまともに聴くのは今日が初めてでしたが(youtubeでも殆ど聴いたことはなかった)、キーシンのバッハ、いいですねえ
プログラムによるとブゾーニ編がオルガンの荘厳な響きを想像させるに対し、このタウジヒ編はピアニスティックな装飾音や華やかさが特徴なのだそうで。もっともキーシンが弾くと、装飾や華美さが良い意味で目立たない。また今日は弾き始めが聴き慣れたタリラ~♪ではなかったけれど、それはタウジヒ編だからというわけではないんですね(とyoutubeで予習したときに知った)。
いやあ、楽しかったし、興奮したし、感動した。
キーシンの音ってちゃんと高潔さが感じられるのもいい。シフのバッハもそうだけど、どんなに親しみやすい音であっても、どこかに崇高さを感じさせるバッハが私は好きなんですが、その点今夜の演奏は好みにドンピシャでした。
そしてキーシンは一つ一つの音をとても丁寧に弾くんですね。もう少し弾き飛ばすタイプかと勝手に想像していたので、意外でした。彼は自伝で「評価しているピアニスト」としてルプー、ペライア、シフ、ツォメルマン(+バレンボイムのゴルトベルク)をあげていますが、今日の演奏を聴いて、なるほどと納得したのでした。他にも「リヒテルよりもギレリスの温かな情感のようなものに親近感を感じる」など、キーシンの好みは割と私と近いのであった(ちなみに光子さんはギレリスは大嫌い!なのだそう)。ピアニスト達からはあまり評判のよくないグールドの二回目のゴルドベルクの録音を高く評価してくれているのも嬉しい。
このバッハが聴けただけで十分にチケット代のもとは取れたと感じました。演奏にのまれてすぐには拍手ができず、他の人も同じだったかどうだかは知らないが、キーシンが膝に手を下ろしても客席から拍手が起きず。
そのまま静かに次のモーツァルトへ。

【モーツァルト:アダージョ ロ短調 K.540】

【ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調Op.110】
この二曲も悪くはなかったのだけど(弱音の深みがよかったし、ベートーヴェンの強音部分はこの人のハンマークラヴィーアは良さそうだなあと感じた)、衝撃は前のバッハの方が大きかったかな。
しかしキーシンの演奏は独特ですね。Op.110を生で聴くのはシフ、フレイレ、バレンボイムに続いて4回目で、どの演奏でも感じた泣きたくなるような胸に迫る感じが今日の演奏では殆どなく。私の感動ポイントがことごとく違う風に演奏されていて、正直私の好みのOp.110の演奏とは違ったけれど、こういう演奏もあってもいいと感じさせられました。ただキーシンがあまりに真剣に弾いていたので、聴き終わったときにはこちらはグッタリしてしまった…。
そしてこの二曲だけキーシンの唸り声が大きかったのはなぜかしら。「あんな素晴らしいバッハを弾いたのに、なぜ拍手がなかったのだろう!?」と本人は内心動揺していたのかしら、とかいらぬ想像をしてしまった

(20分間の休憩)

【ショパン:マズルカ第5番Op.7-1、第14番Op.24-1、第15番Op.24-2、第18番Op.30-1、第19番Op.30-2、第24番Op.33-3、第25番Op.33-4】
【ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズOp.22】
いいですね〜〜〜〜キーシンのショパン
マズルカやポロネーズはショパンが故国ポーランドを思って書いた曲だけれど、キーシンの演奏からはポーランドならぬロシアの風景が見えるよう。といってもロシアの大地の風景ではなく、グネーシン音楽学校の校舎の匂いとか、生徒達のざわめきとか、温かな家の食卓とか、そういう郷愁を感じさせる音。ヴィルサラーゼのときにも感じたけれど、こういうロシアの音で弾かれるショパン、私はとても好き。
深みのある短調の音もよかったけど、軽めで可愛らしい長調の音も子供時代の情景のようなものが感じられてよかったです。
そして、Op.22が素晴らしかった。。。興奮したし、感動した。キーシンは「ほかの作曲家を凌駕して、その音楽を身近に感じるひとりの作曲家、それはショパンだ」と言っていますが、なんというか、キーシンのショパンはとても自然に聴こえるというか、彼がショパンの音楽に親しみを感じて演奏しているのが伝わってくる。
演奏後は文句なしにスタオベさせていただきました。

そして、アンコール。
【バッハ(ブゾーニ編曲) : コラール前奏曲 いざ来たれ異教徒の救い主よ BWV659】
【モーツァルト : ロンド ニ長調K.485】
【ショパン : 12の練習曲 作品25 第10番ロ短調】
【ショパン : ワルツ 第12番 作品70-2 ヘ短調】
しっとりと聴かせてくれたバッハもよかったけど(バッハ→モーツァルト→ベートーヴェン→ショパンと続いてきて最後に再びバッハの音楽を聴くと、バッハはやはり音楽の父だなあと感じる)、モーツァルトがよかったなあ!
「いわゆるモーツァルトらしい演奏」では全くないかもしれないけれど、このキーシンの演奏は個人的にとても良くて。マズルカでもそうだったけど、キーシンはこういう無垢な明るさをもった曲の演奏もとてもいいね。改めて、「音楽に正解の弾き方なんてものはないんだな」と強く感じさせられました。キーシンの演奏にはそう感じさせられる妙な説得力がある。自伝によるとキーシンのただ一人の先生だったアンナ・カントールは教え子にカントール流なるものを決して要求せず、それぞれの生徒の持って生まれた資質を大事に育てたそうですが、キーシンの演奏が非常に独特なのに説得力があるのは、そういうところに起因しているのではないかなと想像するのでした。

で、バッハ、モーツァルトと続いたので「このままベートーヴェン、ショパンと今日の作曲家順で続くのだろうか?」と思っていたら、3曲目は誰の曲かわからず。帰宅してから知りました。ショパンだったのか!そういえばショパンのエチュードってこういう感じだった。これも楽しかった〜!ガシガシ弾いてるのにちゃんと丁寧で、でもしっかり音楽的で。最後のワルツはショパンだとすぐにわかりました。温かで少し寂しげな郷愁を感じさせる音色のショパン。聴き入ってしまいました。

7月に98歳で亡くなられたカントール先生に捧げられた今回の日本公演は、所沢、大阪、東京(オペラシティ)、名古屋、東京(サントリーホール)と続きます。自伝で書いていたとおり、ちゃんと間隔が3日以上空いていますね。

特設サイト”50th Anniversary エフゲニー・キーシン Evgeny Kissin”
今年は15歳で日本デビューしてから35年とのこと。



ところで。
ハイティンクの件があってから、私の愛するペライアとフレイレはお元気だろうか…と調べたところ、ペライアは変わらず復帰しておられない…。そしてフレイレについては、こんな情報が。

"ARGERICH AND FREIRE DROP OUT OF CHOPIN COMPETITION JURY"

Message from Warsaw, where the Chopin Competition begins next weekend:

Nelson Freire will not take part in the work of the Jury of the Chopin Competition due to illness. He will be replaced by Arthur Moreira-Lima, the winner of the 2nd prize in 1965, the Jury’s highest rating alongside Martha Argerich. Like Argerich, he also became the audience’s favourite.
Martha Argerich, bound by an enduring friendship with Nelson Freire, decided to be with him in this difficult time. Therefore, she will not play at the inauguration of the competition, and will not sit on the Jury, where she was a member in the two previous editions of the competition.
Slipped Disc, September 24, 2021)

「フレイレが体調不良のためショパンコンクールの審査員を辞退した」と…。そして「アルゲリッチはこの困難なときにフレイレと共にいることを決意し、自身もコンクールの審査員を辞退した」と…。
私はコンクールのニュースには関心が無いので、フレイレがそんなことになっていたなんて知らなかった…。
上記記事では"due to illness"の部分には2019年の散歩中に転んで骨折した例のニュースにリンクが貼られてあるけれど、手術してから2年もたっているのにどういうこと…。アルゲリッチがショパンコンクールの審査員よりもフレイレの傍にいることを選ぶような、そういう状況下にフレイレがあるということ…?

キーシンとは全く違う弾き方だけど、大好きなフレイレのショパンを。

Chopin - Nelson Freire & Ernest Bour (1971) - Andante spianato et Grande polonaise brillante, Op.22

こちらもフレイレからしか聴けない音です。1971年というとキーシンが生まれた年の録音ですね。フレイレが27歳くらいのときの演奏。
ご快復を祈ります。また日本であの音を聴きたいなんて贅沢は言わないから(もちろん聴きたいけど!)、どうかお元気になられますように。。。

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