SHIN-GEN-SAI 【箴・言・彩】

珠玉の名言・箴言をイシューします。

つぼねのカトリーヌ その11

2015-11-28 05:36:20 | その他

マスコミはきちんとした取材をしたいのなら、まず「会見」をやめた方がよい。会話でなく文章をやりとりした方がずっと正確な情報になるはずだ。

森博嗣「つぼねのカトリーヌ」より。
これは言えているね。
今は会見は皆ワイドショー化していて感情に訴え、
感覚が一人歩きしている。
せめて文書で説明した方がよほど正確に伝わると思うよ。
それほど客観というものがないがしろにされている。
肝に銘じなくては。

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つぼねのカトリーヌ その10

2015-11-21 06:25:18 | 学問

記憶というのは、つまり動画で見たものを断片的にしかとらえていないということだ。そのため、物事の原因と結果は理屈を立てて理解をする。あれがあったから、そのあとこうなったのだ、と覚えれば、時間的な前後関係を記憶できる。理屈というものが人類に広まったのは、危険な原因を避けるためだ。逆に言えば今見ている映像ではわからない未来をとらえようとして頭脳が導き出した手法と言える。

森博嗣「つぼねのカトリーヌ」より。
なかなか深いね。
だから錯覚というのが起こるわけだし、
思い出も自分に都合のいい形に歪曲されるよね。
そして言い訳・・・。

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つぼねのカトリーヌ その9

2015-11-14 03:46:58 | 人生

だからもし大勢が、自分の中に「自分らしさ」が不足していると感じるとすれば、それは空気を読み、集団のために強調し、社会に適合しようとした結果として生じた「窮屈感」と同じものだろう。ちょっと無理をして受け入れたために現れたアレルギィかもしれない。

森博嗣「つぼねのカトリーヌ」より。
怖いものだね。
同調圧力。

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つぼねのカトリーヌ その8

2015-11-07 05:55:14 | その他

人の物差しは変幻自在である。しかし自身の変化には自分ではあまり気づかない。体調の変化には敏感でも感性や審美眼の基準となるものの変化には目を向けない。それらは、気分や感情や経験や立場や、とにかくあらゆるものの影響を受けている。受けていることを知っていれば、意識的な修正が出来てもう少しましな評価になるけれど、知らずにいるともう揺れ幅がめちゃくちゃである。では、ぶれない審美眼にはどんなメリットがあるだろう。それは他者がその審美眼を信頼することが出来る、ということである。人間関係というのは止まり木のようなもので、時々他者の心が飛んできてそこに止まるわけだが、ぐらぐらしていては止まることが出来ない。しっかりと安定している心の止まり木が信頼と呼ばれているものだ。

森博嗣「つぼねのカトリーヌ」より。
信頼か・・・。
客観的な審美眼を持てるよう、日々精進。

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