United Minds (Strikes Back)

2013年に解散した電子音楽ユニット、SpiSunのWeblog“United Minds”跡地

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JEF United Playback 2010.5. 〔by ラウド〕

2010-05-31 13:51:46 | JEF United Chiba
大分 vs 千葉
5月2日(日)
大分 0 - 2 千葉
得点者:20' アレックス(千葉)、32' アレックス(千葉)

上位対決、さらに降格チーム同士で争う一戦に完勝。
前節栃木戦の内容を引きずらずに、走力と切り替えの速さで常に大分の先手を取った点は評価したい。
それ以上に大分が慌ててミスを連発していた気もする。この試合後、失速してしまったのは残念だ。


千葉 vs 富山
5月5日(水)
千葉 2 - 1 富山
得点者:69' 黒部光昭(富山)、85' ネット(千葉)、90'+3 谷澤達也(千葉)

大分から帰ってすぐにホームでの試合。GWでの厳しい連戦が続く。
苔口がファウルを受け、黒部がPKを決めるという、まるで絵に描いたような恩返し弾で苦境に立たされるも、フクアリ劇場発動で何とか勝利。
しかし内容は褒められたものではない。この試合もボールを持てることによって、失点するまで必死さが足りなかった。追い込まれないと積極的になれない悪癖は変わらないようだ。


千葉 vs 福岡
5月9日(日)
千葉 1 - 1 福岡
得点者:26' 佐藤勇人(千葉)、36' 中町公祐(福岡)

詳しくはこちらを。(第12節 千葉 vs 福岡 La Fukuda Denshi Arenaの報告 フクアリ観戦記 Vol.4  〔by ラウド〕
J2に落ちてから初めて嫌な焦りを感じた試合だった。それほどうまくいっていなかったということだ。
この試合以降、福岡は調子を上げて4位をキープ。昇格争いのライバルとなったが、それもこの試合を観た後では当然と思える。


千葉 vs 東京V
5月22日(土)
千葉 2 - 1 東京V
得点者:29' 高木俊幸(東京V)、64' 山口慶(千葉)、85' 青木孝太(千葉)

フクアリ劇場三度目。先制されて慌てて終盤猛攻で何とか勝ちをもぎ取る、いつもの試合。
ミリガン不在で代わりに入った青木良太の出来が心配されたが、彼自身は安定したプレー。しかし相方の福元が連戦中ずっと落ち着きがないのが気になる。
いい加減こういうばたばたした試合は観たくないのだが、それでも山口のボレーによる同点弾は夢に出てくるほど鮮烈だった。


水戸 vs 千葉
5月29日(土)
水戸 1 - 0 千葉
得点者:65' 片山真人(水戸)

アウェー戦での醜態ここに極まれり。最低最悪の試合。ここまでの試合で何も学ばなかったという事実が白日の下に晒された。
「水戸ちゃん、水戸ちゃん」と浮かれている場合ではない。われわれは負けてはいけない試合で完敗したのだ。
単発のカウンターアタックだけで負けたのならまだしも、終始ピンチを迎えての敗戦。こんな試合はもう勘弁願いたい。
コメント

第12節 千葉 vs 福岡 La Fukuda Denshi Arenaの報告 フクアリ観戦記 Vol.4  〔by ラウド〕

2010-05-27 00:39:19 | JEF United Chiba
ヴェルディ戦も終わっているのに今更過ぎるけど、これを書かないと5月が終わらないので簡単に。



ゴールデンウィークの連戦で選手も疲労の色が濃い中、入れ替えは怪我の渡邊に代わり谷澤。アレックスがサイドバックの位置まで下がる布陣。
フクアリに約5年ぶりに帰ってきた林もベンチ入り。選手紹介時の彼のコールでフクアリは沸き立つ。


しかし、多くの人が予想したとおり、やはりアレックスが前線でボールに絡めない事が攻撃に影を落としていた。
谷澤も積極果敢なドリブルで挑むのだが、やはりネットや倉田とのコンビネーションはいまひとつで、ゴールには結びつかない。
両サイドバックも上がってくるものの、鎌田は上がろうとしてビルドアップのパスを多くロストし、ピンチを招いていた印象がある。アレックスとて最終ラインから上がってくるのだから、常に攻撃に絡めるわけではない。

何より、福岡がいいチームだった。
コンビネーションとドリブルでジェフのDFラインを度々切り裂き、こちらがプレスをかければロングボールをシンプルに蹴ってかわしていく。
最終ラインのディフェンスも、FWの大久保も高く、強い。体を寄せられて押さえ込まれるジェフの選手達。パワーでは太刀打ちできそうにない。
序盤、試合を支配したのは間違いなく福岡だった。僕から観れば、「圧倒的」という言葉を付けざるを得ないほど。

ジェフはドリブルで個人突破を図るか、確率の低いロングボールを前線に蹴る場面が多くなってくる。
前半からどの選手も足が止まっているから、スペースが生まれない。福岡の選手達にがっちり封じられているから、ボールの預けどころも無い。閉塞感が漂っていた。

この展開は見たことがあった。思うように行かない試合展開に、苦い記憶がデジャヴとなって蘇る。そう、去年散々J1の舞台で見せられた試合の数々に、あまりに似ているのである。
大宮、FC東京、神戸…そんな相手との試合を思い出して、実に複雑な気分になった。言い換えれば、それくらい福岡がしっかりとジェフを封じるサッカーを展開していたということになるのだが。

勇人がややラッキーなゴールをあげて先制するも、チームもフクアリも火がつかないまま、あっというまに福岡の中町にスーパーボレーを決められて同点になってしまう。ゴールを挙げるとフクアリにはスイッチが入るはずなのに、そういう雰囲気作りすら困難だったということだろうか。


後半立ち上がりも依然として福岡に主導権を握られるが、あちら側にも足を攣る選手が出てくるなど、徐々に走り勝てるようになってきてから試合の状況が変わり始める。
決定的だったのは大田の投入。右サイドを駆け上がる太田に迷いなくボールを預ける事によって、幾度となくチャンスが生まれた。
時折鋭いカウンターを福岡が見せて、あわやという場面も作るが、印象的には“ジェフの時間”だった。
ここでゴールを決めれば、完全にジェフのペースなのだが…それでもゴールネットは揺れなかった。
途中出場の孝太のヘッドも、大歓声で迎えられた林のシュートも、ビッグチャンスながら枠を捉える事が出来ず。

結局、このままタイムアップ。今年初のフクアリでのドローで終わってしまった。
終盤ネットを代えてしまった事や、林に与えられた時間があまりに短かった事、終始福元が冷静さを欠いていた事、鎌田のチャレンジがなかなか実らなかった事…など、不満はいくつもある。
なにより、アレックスは前線で使うべきだということが改めて明らかになった。

相手に多くのチャンスを作られていた事もあり、今考えれば引き分けで終わってくれて御の字、と思うことも出来るが、後半の攻勢を目の当たりにしては、試合後にそこまで物分りのいい考え方をするのは難しかった。
太田に預けてトップの人数を増やすというシンプル極まりない、意地悪な言い方をすれば江尻監督の志向するやり方とはほど遠いサッカーをしてもなお勝ち越せなかった事も、僕の悔しさに拍車をかけている。

攻撃の課題はヴェルディ戦でも完全に解消したとは言いがたい。次の水戸戦で、何らかの進歩があればいいのだが。
コメント

単なる五月日記 〔by ラウド〕

2010-05-20 21:50:55 | Life
今更ゴールデンウィークの事を大雑把に語る。ここからの今月の更新は全て「今更」な事ばかりになります。ご了承下さい。



2日

いつもの都内散歩。日本代表選手に似ている人と共に、一応のテーマを“幕末”として歩く。


まずはいつもの古式蕎麦からスタートである。大盛りにしても量が少ないので、歩き回った旅の後半には腹が減って仕方ないのだが、それでもこのうまさには抗いがたい魅力がある。
僕は普段この店を訪れる事はないので、こういう特別な機会の時にだけ行くようにしている。蕎麦とはいえちょっとしたご馳走だ。
しかしこの蕎麦の写真をこれだけ載せているブログもそうそうあるまい。

今日は看板も載せておく。

そういえば、この日は店内が満席で、初めて外で呼ばれるのを待った。人気店なのである。

そのまま、通り道の湯島聖堂へ。湯島天神は過剰なほど訪れているのだが、こちらはいつぞや時間切れで潜入に失敗して以来、ちゃんとした形で訪れた事がない。

ちゃんと中で見学料を払いました。

そもそも、ここは幕末期には日本屈指の教学機関であった昌平黌である。あの高杉晋作も通っていたのだ。今回のテーマからも何ら逸れていない。

新緑の美しさを再認識しますね。しつこいですか。

元々は孔子廟だったので、当然孔子の像もある。

観光のお客さんも多かったです。そしてここでも感じるチャイニーズ・パワー。中国の人が沢山いた。

ここから湯島まで戻り、メトロにて移動。
幕末が沸騰する要因となった桜田門外の変。その事件の現場を目指す。

しかしゴールデンウィークだというのに、桜田門駅には僕ら以外の乗客が一人もいなかった。

少し歩いてもこの有様である。

時空の狭間に放り込まれたのかと思うくらい、時が止まっている風景だ。

小学2年生の頃に歴史漫画を買ってもらって以来、その言葉が頭から離れなかった桜田門の前へようやく立った。

日差しは強い。

写真を結構強引にトリミングしなければならないほど人手があった。

この人達は桜田門駅は使わないのだろうか…。
やっと訪れた地ではあるものの、周りがあまりにも都会然としていてさほど感慨はなかった。困ったものだ。

そのまま皇居内を歩く。

あまりにも有名な風景。人も非常に多かった。

身動き一つせずに立っている門番の人は大変だなぁと思いました、と小学生並に退化した感想が浮かんでくる。

しかしまぁマラソンする若い男女の多い事多い事。“マラソン合コン”という言葉も俄かに説得力を持って僕らの胸に響いてきた。

濠と石垣が後ろのビル街とミスマッチだが、それもそんなに悪くはない。

皇居周りの砂利が僕らの体力を奪う。よくここをマラソンできるものだと感心する。
誰かと一緒に走るだけで僕は疲れが倍増する。走るなら一人で、それ以外の選択肢はない。

そろそろ疲労が表情に出始めたyuz君と共に皇居を後にする。そこで最初に目に入ってきた風景がこれ。

レンガ色のビルの大きさにはとても迫力があった。

そして、ここからまたメトロで移動。去年末にちょっと恥ずかしい思いをした勝海舟住居跡を訪ねる為である。
(参考:単なる十二月日記 〔by ラウド〕
だが今回も二人でのアイリッシュバー潜入に失敗。おとなしく氷川神社を目指したのであった。

前回訪れた時には、冬という事もあって殆ど陽が落ちた状態だった。
緑の多い場所には、太陽が出ている時間に着いておきたいものだ。

現に、建物の見え方も全く違う。

年末の慌しさとも無縁で、ゆったりとした気分になることが出来る。
若い女性の二人連れ参拝客が多かったが、彼女達があの歴女なのだろうか。興味の対象は戦国時代だけじゃないんですね。

旅は帰りを急ぐyuz君の発案で、秋葉原で夕飯を食ってお開きとなった。
去年のGW程色々回れた気がしない。夏にリベンジか。



5日

いつものように地元で馬論と球を蹴り合っていると、そこに若者が乱入してきた。
先程まで体育館の中でバスケットボールをやっていたはずなのに、走り回る。恐るべきスタミナである。
どうも彼らは中国の人々であるらしい。このGW、2度目のチャイニーズ・パワー襲来である。
いつしか僕らと彼らの3 on 3マッチとなり、まさかの日中決戦へと場は雪崩れ込んでいくのであった。気分はアジア地区最終予選。
僕みたいな運動神経ゼロの男が日本代表でいいのか。仕方がないからアリバイ・フリーランニングを繰り返していた。

彼らはテクニックはさほどではないが、身体能力が高かった。
そして、この日は僕らがくっちゃべりながら適当にボールを蹴るつもりだったのを突然打ち切ったのでもわかるように、勝負に対して貪欲である。
この調子でスタミナが尽きるまで全力でプレーされてはかなわない。どちらの勝ちかよくわからなくなったところで適当に切り上げ、僕らはその場を離れた。

そして、いつもの場所まで歩く。
立派な道路が出来たのは、ついこないだここでもご報告したとおりだ。
(参考:比較検証 2010.05. 〔by ラウド〕
それ以外にも、様々な整備が始まっていた。

わが街では黒い柵がブームである。

いつもの神社も、ちゃんとした石段が出来ていた。

これは僕らが子供の頃にもなかったものだから、大したものである。

真下から。

ちゃんとした神社っぽくなってきた。

手すりはわざとらしすぎるほどピカピカ。

夕暮れ時にもかかわらずこの光沢である。

これはきっと立派な石を使っているに違いない。輝きが違う。

イミテーション丸出し。

登り切ったところで鳥居が見える。

夕方、さらに携帯電話での撮影なので写真が暗いのはご容赦を。

道路は一直線に台地を突っ切っていた。

僕らの微かな思い出の手がかりも、この道路によって分断されてしまった気分。
大してうまくない言い回しだが、知った事ではない。今の正直な気分だから。
コメント (3)

単なる四月日記 Vol.2 〔by ラウド〕

2010-05-19 21:50:17 | History
単なる四月日記 Vol.1 〔by ラウド〕の続き。



理知光寺跡
いつか来たことがあるような既視感のある坂道を登っていくと、そこに護良親王の墓地があった。


春の日差しに緑が映えて鮮やかこの上ない。
我々以外にここに来ていた方の話によれば、ここはきちんと宮内庁が管理しているらしい。
武家政権の中心地とはいえ、そういった事実が更なる重みを感じさせてくれる。
写真ではわかりにくいが、階段は長くとても急であった。


頂上は厳しい崖になっている。この風景があまりにも我が故郷との共通点を感じさせたので、思わず写真を撮ってしまった。一緒に馬論やyuz君がいても何の違和感もない風景である。


護良親王を手厚く葬ったのは、元々ここに存在した理智光寺の僧らしい。
理智光寺は、そもそも鎌倉三大将軍源実朝の供養の為に建てられたとも聞く。いずれにせよ、悲運の中で亡くなった重要人物を弔う役目を果たしていたという事になる。

しつこいようだが、この周辺ののどかな住宅地の風景は、我がふるさとを嫌でも思い起こさせるものだった。
これも繰り返しになるが、品の良さと歴史的な重要性、更に歴史そのものを大事にする姿勢で圧倒的に負けているのだが。
とはいえ、自分が見慣れた(ように思える)風景の中に重要な歴史が息づき無理なく同居しているこの地は、ある意味で小学生の頃から歴史の舞台に憧れてきた僕にとってはある意味で理想の場所なのかもしれない。
そんな理想の地がこうして実在するという事実に、自分の置かれた現実との間に奇妙なギャップを感じてしまう。うまく言葉で説明できないのがもどかしいが、ここで見た風景がしばらく頭の中にちらつき続け、数日はふわふわとした気分で過ごしてしまった。
鎌倉は奥が深い。


源頼朝の墓地
ひとまず、八幡宮方面に戻る事にした。


桜の下を、カップルを乗せた人力車が通る。なかなか綺麗な光景だった。


昨年の鎌倉行きの際にも訪れた場所だが、今回は昼間、かつ訪れる人も多い。随分と印象が違って見える。
人気の無い夕暮れ時に訪れた前回はさすがに畏怖を感じるほどの迫力があったが、この日は鎌倉の総大将も多くの人の訪れにご満悦のように思えた。


墓地の下にあった公園。武家政権の生みの親の名前が付けられた公園ってすごいよね。小学校時代の僕だったら、それだけで興奮して鼻血を出しそうだ。


紅葉山やぐら
ここからは、cloud9氏が以前鎌倉に来た際に見つけられなかった、北条氏の“腹切りやぐら”を目指す事にした。
この日も完全に逆方向に進んでしまうものの、日暮れ前に彼の地へ接近する事に成功。


途中の滑川沿いに色づく木々が美しかった。


しかし辿り着いた所は、やぐらはやぐらでも“紅葉山やぐら”という場所だった。
調べてみてもなかなか決定的な情報が得られないが、どうやら鎌倉幕府の持ち物だったという説が一般的らしい。
NHK大河ドラマ『北条時宗』放送を気に、現在の姿へ整備されたとも聞く。


東勝寺跡
一旦来た道を戻り、先ほどは左に曲がった道を、今度は右に進む。
いよいよ今回の旅のハイライトの地に辿り着いた。


東勝寺合戦。後醍醐天皇の鎌倉幕府討伐の為の戦争、元弘の乱の最後の戦い。
かつてこの地にあった東勝寺に於いて、日本発の武家政権である鎌倉幕府、並びに北条執権家は終焉を迎えた。


伝承によれば、滅び行く北条家はこの地で一族郎党全員が自決したという。
『阿部一族』を思い起こさせるような壮絶な最後である。
一つの時代が多くの命と共に散っていった事を実感し、しばし黙祷。
ちょうどいいタイミングで陽が傾いてきたところで、今回の旅も終わったのだった。



個人的には、鎌倉末期~南北朝末期というのは知っているつもりで殆ど何も知らない時代であった。まさに空白地帯という感。
今回の旅は、その辺を重点的に巡ったわけだが、これは明らかに僕がプランを考えていたら思い付かない順路であったと思う。鎌倉の新たな一面を堪能させて頂いた、cloud9氏に深い感謝を。
しかし鎌倉はやはり置くが深い。まだまだ見るべき所があるようだと実感した。
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比較検証 2010.05. 〔by ラウド〕

2010-05-16 00:00:08 | Life
久々の更新がこんなのですんません。
恒例の例の場所の比較。GWでの定点観測です。
(参考:彷徨して徘徊する男 その1 余話として 〔by ラウド〕


今回も更に大きな動きが。

いよいよ町が本気になったようです。きれいな道路が荒野を横切っていました。

本格的にここを住宅地にするつもりなのでしょう。山を突っ切った道路で中心部へのアクセスも容易にするつもりのようです。



ここまでの比較。

2007年2月

2007年11月

2008年5月

2009年1月

2009年8月

2010年1月




もうここまで来ては後には戻れないでしょう。
町の繁栄に繋がればいいのですが、そうそううまくいくでしょうか。
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