スローな生活 in富良野

富良野の陶芸家 恒枝直豆 
楽葉窯のブログです。
備前の土を富良野で焼きながら
マイペースに過ごしています。

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岡山に移転しています

2018-03-02 | 日記
もうご存知の方も多いと思いますが

Facebookでも公開した事情により 
2016年8月に岡山県浅口市に移転しました

なんとかやっております
facebookと言う一部の方向けに公開していた事情をこのブログの最後に掲載します



::facebook 2015.11.25 掲載記事::::::::::::::::::::::::::::::::::::

富良野市から出て行かざるを得無い可能性が高くなってきました
気の重くなる長文になります
決して いいねとは思えない内容かもしれませんので
スルーして頂いて構いません

昨日の夕方 我が家にとって将来を左右する重大な会議が富良野市図書館で行われました
教育委員会 管財 私の仕事場で使っている校舎のアートファーム南陽館実行委員長Y田 そして恒枝夫婦
内容は 住まい及び仕事場の売却についてです
売却方法は一般競争入札
私が落札できるかどうか分から無いのが現状です。

なぜこうなったのか 順番にご説明していきます

私は勘違いして14年前の2001年にやってきたようでした。
当時は 「富良野市には本格的な陶芸家がいないから 校舎は好きに使って良い
活動してくれるだけで地域貢献になっている 」と当時の小野州一氏(2000年4月亡くなられました)に呼ばれ、
引き継いだ実行委員会に誘われた形になっていました
約2年間 思案した結果 移住を決意し
富良野にやってきたと思っていました。

富良野市の対応も 「窯は建てていい 売却の話は無い」と口頭で担当者と話し合い
土地住宅の契約をそれぞれ結んでいました。

それを数年後「恒枝くん 校舎 土地を買ってくれないか?」と立ち話で冗談のように話しかけてきたのは教育委員会および市長Nです(市長は来た当初のT氏とは別の市長になっています)
近年は 市民講座などの打ち合わせで担当者に会うと この話です 立ち話で
冗談のように話してくる口調に
窯と倉庫に1500万円の借金をして始めたのでこれ以上の借金を重ねる負担は考えられず 冗談口調でお断りしていました

担当者も数年ごとに代わり かつて退職前の方が2人ほどいて
「あの話は無くなったから 安心して活動してていい」と退職していかれるのですが
次の担当者になると「ところで 売却の話はどこまで進んでいますか?」という状態(2回とも)
あの話は無くなったからと言う記述が無いそうです

そもそも ここはアートファーム南陽館実行委員会で運営しています
春の時点で現在活動しているメンバーは 
実行委員長Y田(画家であるが 親戚の会社で働いている 自宅もある)
委員 Y谷(彫刻家 自宅と工房を持つ)
委員 K岡(木工家だったが数年前に体調不良で活動していないので 今回は無関係と判断しています)
委員 恒枝(陶芸家 自宅が敷地内にあり 窯を建設 工房は校舎)
委員 M本(画家 校舎をアトリエとして使い 家は近くに借家 私の1年後に加入 高校の講師)

当時は「敷地内に住宅があり管理しながら活用してくれる人を」と呼ばれてきました。そのはずです

そこで実行委員会に売却の話があるんだ と相談
昨秋(2014)の会議では「出来れば購入せず 予算がかかっているのが問題かもしれない」と市の修繕費などの予算カット 自主運営で対応してもらえないか と提案してみることになりました。
その時は Y田の言った「活動している恒枝とM本をサポートするのが実行委員会だ」とも合意したつもりです。

そして実行委員長が教育委員会との話し合いの後 持ち帰ってきたのが「買うことになった」と言う話
相談も無く勝手に実行委員長が決めてきます
「現金200万円とそれ以外(評価額の差額)は市民講座などのワークショップを市に無償で提供することで買える」と言ってきました
サポートを約束した実行委員長です。負担のかからない方法を考えてくれると思っていましたが
春の時点で その案のさらに詳しい内容を聞かされます

まず10年分の家賃50万円を10年分の家賃として先払い 利用している作家が2人いるので 100万円
残りの100万円は実行委員会名義の通帳にあるお金から出す
と実行委員長の妻が個人的に提案しにきました。
実行委員会の会計は何かイベントを催す資金にと 草刈りや雪下ろしの市からの労賃をストックしたもので、
その作業のほとんどは私達夫婦がやっていたものです。

そして土地の名義は実行委員長Y田 個人になり
・ワークショップも無償で提供
・仕事場も一部使用制限する
・建物の管理は住人の恒枝で 管理費は無し

つまり仕事の時間も多く割かれ、仕事場も制限されては仕事が成り立たず、到底受け入れられない状況です
そしてY田はお金を出す事なく自分の名義になる仕組みです

だったら私(恒枝)が全額出して買う
と提案しても「お金があるから買えると言うことでは無い」と実行委員長の妻は言っています

そうですよ 住人が一番影響があるのですから 住人の意見を尊重するべきだと思っていましたが 尊重し無いようです 納得できません
10年分の家賃と言う話があったので「Y田さん おいくつでしたか?」と妻に質問していたんです。
10年間もこの事業を継続できる覚悟と体力があるのか心配で、
これまで2000年と2003年に1週間くらいの期間で開催した「アートフェスタ2000 及び2003」私は2003しか参加していませんが
その折も大変そうで 愚痴をこぼしていたのは実行委員長と妻の会計も含めてです。

実行委員長の妻が帰った後 実行委員長Y田に直接話を聞く必要があると思い電話してみると Y田は怒っている状況
日程を決めて会いに行くと
Y田は「そもそもお前はM田がどうしても入れてくれと言うから入れてやったんだ 最初から陶芸家は入れたくないと3人で言っていた」と怒り口調 (M田は 当時 事務局をしていた方です)

そう言われて 話が違うと怒らずにはいられませんでした (その日のうちにM田さんとY谷さんに 陶芸家を入れたくないと言う話は無く 簡単に移動できないから地域に根差してくれるはず と話していた事を確認)

そしてY田は「お前は市と勝手に交渉していた」と立ち話を交渉と認識
本来 仲間ならば擁護する立場にも拘らず 相手に賛同して会員を攻撃してくるとは思ってもみませんでした
怒るなら 役所の対応に対してでしょう

この時 (4/26) Y田はこの売却の件で
「古くなって お金がかかるからという訳ではない。恒枝氏がネック。陶器を売っていること 個人のモノ(窯)が建っていること。 立ち退きでも問題ない」と言っています。
そして怒っている理由も Y田67才 の妻から「おいくつでしたか?」をどう伝え聞いたか知りませんが「もういい年だろう。引退だ。会計も恒枝のモノにしたいんだろう。M本も追い出したいんだろう」という言い方になっていました。
妻がメモもせず どう伝えたのか 疑問です

この時点で教育委員会は「個人には利益供与になるので団体にしか売却できない」と言っていました。
ですので 私が実行委員会の委員長になれば 、購入できて、これまで通り活動できたはずです。
これまで会計報告も監査もない実行委員会です (そこから問題ですが ) Y田夫婦以外通帳を見れない会計にいくらあるか把握していないのに ましてやそれを個人的に使うつもりはないです。

M本に関しても 光熱費を一年も払わ無い経緯から信頼関係はありません
(呆れて こちらから請求しないと伝えたが それが良い事かどうかは 常識のある方なら明らかでしょう 他言しないとは言っていない)

それでも間に不動産屋に入っていただく形でM本には対応を考えていました。
Y田の勝手な思い込みで「もうお前は信用でき無い」と
そしてY田は「仲間ではない 作家活動はやってていい 家賃はいら無い 製作活動だけやってろ それでいいだろ」と言っていました

その後 またY田の妻が我が家に来ます
「家賃はタダでと言うのは 校舎の中だけで 他に家の家賃 校庭の薪置き場の使用料 窯場の土地の使用料は別」
「Y田に謝りに来なさい」
「これまでの状態が良過ぎたのよ」
さらに詳しい計画で
・玄関入ったすぐの部屋で貸しギャラリーを開催
・M本の使用している一番奥の部屋でワークショップを開催
・和室もワークショップで使用
・草刈りや雪下ろしは住人で
・ワークショップはやってもらう
・税金・修繕費はみんなで
・登記はY田
受け入れなければ「ここには居られないでしょう」とも言っています
・また 「おいくつでしたか?」について 妻に説明しても 「そういう意味だったの?」と自分の誤解を認めながら 「自分で言いなさい」とY田への謝罪を要求 理解出来ませんでした

そして Y田の妻の言う この計画にも無理がありました。
まず貸しギャラリーをするには面積が広過ぎ(100㎡いじょう)るため準耐火構造物でも覆われていなければなりません(消防法)
このため現在は不特定多数の人は入れません。
貸しギャラリーをするためには多大な改修が必要になります(現在は皆さん電話して頂いてますので、特定の人になるので大丈夫です)
貸しギャラリーの管理なども私に負担がかかってくること
和室は冬 粘土が凍らない部屋にする仕事場なので譲れないこと
時間も仕事場も制限されて仕事にならないのは変わりありませんでした

この時「個別に打診するにではなく、全体で会議しては?」と提案しますが「その必要はない」とY田の妻

この後 恒枝夫婦で教育委員会に直接 状況説明と購入の意思がある事を伝えに行っています。

実行委員会で 教育長は確認が必要で 担当者に「しっかり対応を」よ目の前で指示していましたが
結局 担当者は 間に入ることも拒否し
会議が開かれたのが2ヶ月以上後の7月末でしたが 担当者に会議での説明を求めましたが 出席を拒否されます

しかも 毎年教育委員会が主催の小学生対象のワークショップの後のついでの様な感じで
一週間前に突然 やります と Y田から通達 調整もなく私の妻は欠席を余儀なくされます
この時も 教育委員会からは「個人には売れない」と確認しています

7月末の実行委員会会議では
Y谷さんが議長となり
この様な人間関係では製作活動できる精神状態になれる環境ではなく
・一般競争入札が妥当で そこには当然窯の条件がはいるはず。と合意します
・恒枝は名実共に実行委員会とは別行動をとる。
この2点のみ
その合意はしながら 先のワークショップありの200万円の随意契約は進行しているとY田は主張していました

そして提出される書類には 窯の条件の事は こちらで判断する事でないと 明記されず 、書類上では一般競争入札が妥当とだけ記述されてしまいます
この会議の内容を Y谷さんが書類に起こし 教育委員会へ全員の著名をして提出すると言う約束も
M本は「著名しない」とY谷と口論になり Y谷はY田に委ねを知ったのは 昨日の図書館での事でした

しかも 結局 Y田も同じ紙には著名せず 後日出したとか
M本 Y谷 Y田の無責任な対応に呆れました

少しさかのぼって 10月
まず教育委員会は富良野市芸術文化体験施設設置要綱の廃止を通知してきます。
つまり来年3月末でアートファーム南陽館の活動は終わると言うことです。

その理由は
「 老朽化が著しく、公共施設として維持するためには、今後、改修・改築に多大な経費を要することから、廃止することが適当であるため」と明記されています。

つまり5月にY田が言っていた事が間違っている事が証明出来ました。
なぜ一度も 教育委員会は実行委員会全員に対し説明会を一度も行わなかったのか 理解出来ません

その後 教育委員会と管財の主幹が我が家に来て 窯の土地と住宅の契約について
現在のモノを破棄し 新たに結びなおしましょうと提案してきました。
現時点では 窯の土地は無償で借りているので 私の立場は低く 更地にするか 寄贈ですと言っています(エアコンやストーブのように)
そこで私も1500万円の借金をして建設した窯と建物です 購入者に買い取ってもらいたいと申し出ています。
その点は今後 市も顧問弁護士と上司と相談して頂けるそうです。

そしてなぜ一般競争入札なのですかと問うと
「関係者(実行委)の中で2者 希望者がいる為です」と管財の意見でした。
2者ということは 2人の個人が希望していると言うことで
これまでの実績から随意契約も可能だという話でした
つまり かつて教育委員会が「個人には利益供与に当たるので出来ない」と言っていた言葉も間違いだったことが分かりました。(役所の後出しジャンケンに呆れてますけど)
現時点で なぜ恒枝が随意契約出来ないのかと問われると「Y田が手を挙げているから」となります。
それでもY田が手を挙げるのか疑問でした。7月末の実行委員会では「わからない」と言っていましたので。
そして 昨日の会議です。

それでも Y田はあっさり入札を希望しました。
14年前に ここで地域の方や市長および教育委員会を呼んでの歓迎会を主催した本人が
移住の際に地域の方に一緒に よろしくお願いしますと頭を下げた本人が追い出す形になります。
地域の人も 怒りを覚えている状況です
地域の人に「できれば一般競争入札にはしたくない」と語っていた管財の部長の個人的な意見もどのように反映されたのか分かりませんが
このような結果になったこと 本当に残念に思います
その影響は、私が実行委員長を務めている
ふらのクリエーターズマーケットにも及びます
一般競争入札になるので、
一度 仕事場の校舎内の荷物を全て出さなければなりません
そして移転もあり得ますので その準備に取り掛かります。
おそらく手一杯でしょう
ですのでボランティアでやっていた ふらのクリエーターズマーケット実行委員長の責務も果たせない状況になります。
加えて 会場であり事務局を担っていた富良野市生涯学習センターも
人員が1人削減されますので、
事務局作業が困難になると通達されています。
これまで 委員長と事務局でほとんどまかなってきたので、
その両方を一気に無くすと対応出来ないのが、
今の実行委員会の現状です
もし 私が随意契約出来ていれば 残りを実行委員の方で分担し開催出来たのですが、仕方ありません。
1月上旬のタイムリミットまでマーケットでの公開はひかえますが、現状では難しいでしょう。
ご理解ください
これまでさまざまな方に支えられ陶芸家として活動してまいりました
この校舎は昭和初期のエリアから順次建て増しされたものです
14年生活してきて年間数十万円の修繕費を市は捻出しながらやってまいりましたが、屋根のペンキも塗れないくらい修繕しなければならない現状もわかっています。
後々のことを考えると入札には参加しますが高額での参加はできないのが正直な所です。住んで活動しているから分かっていることも多くあります
ですので 一般競争入札に勝てるほどの金額を提示するつもりもありませんしいくらなら勝てるか誰にもわかりませんよね
また正直に他人の言葉を信じてきた私にも落ち度はあるのでしょう
歓迎していると勘違いしていたこと
売らないと思っていたこと
追い出すような強引なことはしないだろうと信じていたこと
冗談交じりの立ち話が交渉になっていたこと
担当者を信じ文章での提示を求めなかったこと
富良野市役所も移住者を促進しているようですが
良い条件で呼んでおいて
自分の都合で当然のように追い出して
保障もしないそうです

何か私 富良野市に対して 追い出されるようなことをしたでしょうか

教育委員会が担当なのでと
市民講座や近隣の小中学校の授業に出向いて協力し
地域にもとけこめるよう 保育所や小学校でも本部役員を断らず協力してきました。
地域のお祭りにも雪像で参加して 
やまべ子供会も手伝っていました
富良野市内での個展やワークショップの開催も文化活動の一環としてやってきて
地域に根付いた活動ができるよう最大限の努力をしてきたつもりです
ご理解いただけなかった私の力不足に
残念でなりません
この記事は 私個人の友人に状況を公開したものです

::::以上が当時の記事です:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

もう終わったことなので どうこう言う事はないのですが こういう事情でした

そしてこれが公開されると(一部の友人向けですが)
担当部署の役人Sは「信じられない 信じられない」と連呼し 罵倒し 罵ってきました 面白くなかったのでしょうね

この後 役所の態度は一変し
地域に説明会をし(地域からの罵倒は嬉しかったなあ)
Y田に他の施設を紹介し今より良い条件を提示したそうですが
Y田は「謝れ」と役人(部長)を通して言っているらしく
役人に「何を?」と聞いても分からず 
「何でも良いけど 謝っても良いですが それでY田は降りるのですか?」と役人に聞いても「分かりません」

このままだと 一般競争入札です 第三者が入る 高額で入札される可能性がある 当のY田は入札しないかもしれない

2者による入札にはならないのですか と要求しましたが 役人の答えは変わらず一般競争入札

1月の下旬になっても状況は変わらず Y田へ市議が行ったりもしたそうですが変わらず

役人に良い条件の結果を聞くと 「そっちの話ではなく入札する」Y田の理由も聞くと「けじめだから」だそうでした

けじめですよ
つまり この建物で 何がしたい訳でもなくなっている 只の意地
本当にくだらない つまらないヤツである

こっちは 覚悟を持って移住し 窯を建設した
自営で運営し活動を続けてきた

が Y田は面白くないだけで無かった事にしようとしていたように思えてならない

それが証明出来たのは 移転した後のことである
「Y田は結局 購入しなかった」と知人から知らせがあったからである 

嘘つきは何度でも嘘をつく

1度目は 自ら北海道へ陶芸家を呼びながら「最初から陶芸家は反対だったんだ」(もし これが本当なら騙して連れて来たことになる)
来た当時 自ら歓迎会を催し 
その際 取材を受けたY田は北海道新聞富良野版2001年6月1日の記事に「恒枝さんが南陽館に住むことで、彼を中心に活動の幅が広がるでしょう」と記載されていました
が これも嘘でしょうね
2度目は けじめだから購入の意思がある 

どちらも嘘であった

そして更にその前に嘘をついていたことが分かった
移転から1年半たって 教育長にY田の購入しなかった経緯を尋ねた際

「Y田から購入したいと言ってきたでしょう」と教育長が言うのである
いつの事かと問うと まだ話がもつれる前
つまり 2014年の秋 実行委員会では購入しない と決め伝えるはずが 
購入したいといったそうである

1度目の前に 騙されていたことになる
そして その際 教育長は私が同席していないことに疑問を持ち
「恒枝氏の同意は得られていますか?」と確認したようですが 
それがY田には「恒枝氏が問題だ」となり「お前が原因で売却だ」と言ってきていたのは そのことか

Y田の理解力のなさか 意図して利用したかはわかりませんが

普通なら生活している私達家族の同意がないかぎり
購入したいとは言えないと思うのは私だけでしょうか

結局 私達家族から家賃収入を得て小銭を稼ぎたかったのかと言うことになります

購入しない事で役所は何度もY田に再考を求めたそうですが
購入しない理由の最後は「無いものはない」と言ったそうで

購入する覚悟も 資金もなく 購入の意思があると豪語し著名までしていたことになる

「私達が悪者になればいいんでしょう」と知人を通じて伝わってくるもの
悪いと思っていない人間の言動である

こうして このY田夫婦は何度でも嘘をのつくだろう


それでも 2016年度で担当部署だった富良野市生涯学習センターで数回
このY田などの関係者のワークショップが行われていた
2017-20018もM本の展示が「コレクション」という形で行われている
その点も指摘すると 担当部署は市長・教育長から説明を求められ注意されたようで
今後はY田夫婦 M本 Y谷 は文化活動と認めず 市から声をかけないと文章でかえってきました
指摘するまで「知らなかった」とは何ともN市長も無関心である(もしくは タヌキである)

結果 Y田は私に言って罵った事
「会を乗っ取りたいんだろう M本を追い出したいんだろう 会計もせしめたいんだろう」
をすべて自らやっている

会は解散状態で乗っ取り
私を追い出し M本も旭川へ 
会計はY田の下に (200万近くあるでしょうね)

この会計が目的だったのかと言う人もいます


今回の移転で金銭的に苦しくなったのも事実です
窯および窯場は市に寄贈させられ(でないと更地に戻せ それが契約だ と市の管財から脅されていました)
移転しても この仕事はどうしても続けたかったので
また改めて借り入れをして窯を新築し 窯場なども建設しなければなりませんでした
妻と娘には苦労をかけますが
明るい2人に救われています

今回 私たちにとっての線引きがはっきりしました
嘘つきか どうか

「市長が早く売れと言ってるから」と担当役人は言っていたけど
市長は「そうでしたか知りませんでした 教育長が担当ですので」と言い
教育長は「すべて報告してますから」と怒りを私にぶつけてくる たらいまわし
まあ そんなものでしょう 責任なんて取りたくない人ばかりです

一方で
移転に際し 本当にたくさんの方に助けてくれました
この最初の記事も多くの方に拡散され
本当に多くの方に声をかけていただきました
涙を流してくれる人 話を聞きに来てくれる人 励ましてくれる人 器を手にしてくれる人
ウチでやらないかと誘っていただいたり 食事会をしてくれたり 
本当に感謝しています どんなに支えになっていたか

移転しても しばらくこの件のことが頭を離れませんでした
怒りと虚しさと あの15年はなんだったんだと

でもその度に応援していただいた方も思い出すことが出来ました
実行委員長と豪語しながら何もしてこなかったY田と違い
富良野近郊や北海道内での活動で多くの方と繋がることができました
一番の財産になりました

改めて 15年でしたが たのしい生活だったんだと思い出します

ナオミチ ニャニャ タマコ サクラ 野良猫たちも楽しかったなあ
薪を割り 草を刈り 雪を跳ね 雪を降ろし 土をこね 窯を焚き 
決して 「スロウな生活」ではなかったけど 
大きく成長させてくれた生活だったと思います 

このブログ最後に 感謝をこめて

ありがとうございました

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ようやく 雪景色になってきました

2014-12-26 | 日記
爆弾低気圧や暴風雪があった北海道ですが

富良野はそれでも 少ない雪
ようやく 冬らしい景色になってきました
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回転したくない

2014-12-21 | 日記
今日は 久し振りに勝手に車が回転し始めた

時計で言うと1時半くらいで立ち直ったが
本気で冷や汗をかいた
それ以降は 当然 ノロノロ運転だ

って事よりも たまたま見かけた友人が
犬を連れて散歩している
犬の数が1匹増えてることの方が
娘には印象に残っているらしい
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寒いは キレイ

2014-12-15 | 日記
最低気温マイナス17度の富良野

天気が良ければ冷えます

そんな朝は ちょっとキラキラしてますね
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雪の少ない富良野

2014-12-15 | 日記
まだ除雪機を1回しか 出動させていない
今年は雪の少ない冬の始まりです
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案外 外でも大丈夫

2014-12-07 | 日記
雪の降る朝
ウチのベランダは賑やかです
写ってないヤツも3匹くらい

最低気温マイナス10度くらいでも 大丈夫
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オープンしたカフェに行ってきました

2014-12-03 | 日記
先日 富良野に新しくオープンしたカフェ「neko to kotori tei」に行ってきました。

この場所は元は果樹農家だったそうで
今も 老木が少し残っていました

アップパイ 美味しかったなあ
ぜんざいを頼むと私の器で出てくるそうですよ

12/20まで 友人の石川さんの
ふるーるもね クリスマス展2014 森からのおくりもの
って リース展が見れますよ

ウチもひとつ たのんできました


場所 富良野市下御料
(ノースカントリーの向かい)
定休日 火曜日 金曜日
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また 新しい野良猫が

2014-11-30 | 日記
最近 また新入り野良猫がやってきました

道路から真っ直ぐ歩いて来る姿は トラみたいに立派なオスです

呼び名は
トラかアカか 我が家では
意見が割れています(笑
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個展 最終日 

2014-11-25 | お仕事は陶芸
気が付くと 今日で札幌の個展も最終日

あっという間に 過ぎ去ってしまった感じの一週間でした。

今日の夕方 5時で終わります。
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個展 3日目

2014-11-22 | お仕事は陶芸

今日から妻も来て 少し花が入りました。

この場所で 11回も個展させて頂いてたんですね。

改めて 成長させて頂いたギャラリーです
コメント (2)
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